47:密偵達の密談
イレギュラーダンジョンの始まりの地であるハイスーク領の西端の森。教会を通じてサマラヴォイ聖国から聖域に認定されたその森を背に栄える都村。
もはや村と呼ぶには無理がある、巨大な街の規模にまで成長しているこの村の一画にて。観光客と行商人を装った影騎士隊第六部隊と第八部隊が顔を合わせていた。
深夜も営業している場末の薄暗い酒場だが、決してうらぶれた店ではなく、やんごとなき身分の御仁や商人達が密談を交わしたり、取引をするのに都合が良い場所として提供されている。
各テーブルには特殊な防音効果が施されていて、外の音は聞こえるがテーブルを囲む人達の話声は外に漏れない。
「どうやら本国がテラコーヤと開戦に踏み切ったらしい」
「こちらでも確認した。あの動く絵に出ていた兵装は、間違いなくヴィヴァーレ軍のものだった」
「タイミング的には、我々が動きやすくなるように一当てかましたってところなんだろうけど……」
「ああ……正直もう、調査も何も意味ないな」
国柄故か、裏方とはいえその国の騎士職であるにもかかわらず、彼らの祖国に対する忠誠心は驚くほど低かった。
一応、今回の任務を課してくれた事への感謝の意味も込めて、調査で得たハイスーク領に関する情報で送れる分は送っておくが、彼らはもうヴィヴァーレ王国に帰るつもりはない。
「第四と第五部隊はもう帰国したのかな」
「いや、多分戻ってないな。この前の定期報告で、あいつらの動向についてテラコーヤで何か噂が出回っていないか訊ねられた」
彼等より先立ってテラコーヤ王国に潜入し、王都カンソンのダンジョンに破壊工作を仕掛ける任務に就いていた影騎士隊の第四、第五部隊が消息不明になっているという。
「潜入工作の腕は確かだが、何せ手癖の悪い第四第五だからな」
「連中の帰還ルートに、異界化街道の休憩所があった筈だ。迷宮自販機付きの」
「ああ……手ぇ出して呑まれたか」
「多分な」
そんな事をボショボショと話しているところへ、新たな集団が加わった。影騎士隊の彼らに何処となく雰囲気が似ている、ローブを纏いフードを被った複数人のグループ。
「終わった」
彼等のテーブルにやって来て席に着いたローブ姿の男は、開口一番そんな一言を告げる。
「なんだなんだ、藪から棒に」
「例のパネルの映像だよ。あれ片方は王都の街並みだ」
グループのリーダーはそう言って、目深に被ったフードから顔を覗かせた。
「え? じゃあカンソンのダンジョンは……」
「ああ、多分イレギュラーダンジョンに乗っ取られたな」
王都カンソンは今、ハイスーク領の支配下にある。そう確信しているローブの集団は、テラコーヤ王室からハイスーク領に放たれていた暗部達であった。
西の森の調査を続けていたテラコーヤ王室の暗部達と、ハイスーク領を探りに来た影騎士隊の第六、第八部隊が最初に出会ったのは、都村のヴォイエス教会が催す発表会場だった。
教会の鑑査隊が、西の森を聖域に認定する事を是とする旨を、サマラヴォイ聖国に伝えるというお知らせ会。
都村の住人達は「そりゃあおめでたい事だ」と呑気な祝福お祭りムードだったが、暗部達と影騎士隊の面々はそれぞれ衝撃を受けていた。
テラコーヤ王室側からすれば、王国に属する領内で今最も勢いを持つハイスーク領が、王室を介さず第三国――国教にもなっているヴォイエス教の総本山であるサマラヴォイ聖国と強い結び付きを持とうとしている事になり、権威的な面でもテラコーヤ王国全体への影響が計り知れない。
そしてそのサマラヴォイ聖国とやり合っているヴィヴァーレ王国にとっても、軍部中枢が懸念していた聖国とテラコーヤ王国との同盟が一層、現実味を帯びてきた形だ。
影騎士隊はこの動きを本国に伝えて指示を待った。が、ヴィヴァーレ王国から返ってきたのは『欺瞞情報に踊らされてないで人工ダンジョンの技術を探れ』という命令。
ヴィヴァーレの軍部中枢では、テラコーヤ王国とサマラヴォイ聖国の繋がりは既に確定事項という認識であった。
故に、西の森の聖域認定などの動きは、『イレギュラーダンジョンなる存在が実在するという虚偽を周囲に信じ込ませる為の謀に過ぎない』と判断された。
「んなわけあるかってんだ」
実際に現場に来て、この都村の異様に洗練された先鋭的な街並みや未来文明を体験している影騎士隊第六、第八部隊にしてみれば、イレギュラーダンジョンの実在を欺瞞情報と決めつけて思考停止している軍部中枢とヴィヴァーレの王室は、『もう駄目だ』と見限るに十分な体たらくぶりだった。
もともと忠誠心が低かった事もあり、彼らは諜報活動の名目で都村に留まり続けつつ、できればこのまま住み着く心算であった。
そして奇しくも、テラコーヤ王室の暗部達も影騎士隊と同じような流れで現国王にほぼ見切りを付けていた。
同じハイスークの謎を探る潜入員として、互いの存在を遠巻きに感知していた両集団は、現状で明確に敵対しているわけでもなし、雇い主への忠誠も尽きたところで、同じ酒場にて偶然隣席。
自分達と似た雰囲気を持つ集団に、どちらともなく声を掛けて意気投合するに至った。
『あんた達、発表会の会場にも居たよな』
『貴殿らもな。ヴィヴァーレ訛りを感じるが、影の者か?』
『ハハッ 躊躇なく突くなぁ。そういうあんた達も堅気には見えんが?』
『我らはテラコーヤ王室を支える影だった者だ』
『"だった"、か……まあ、俺達もそんな感じだが、テラコーヤの家臣はもっと忠誠深い連中かと思ってたぜ』
『仕えるに値する主なくしては、我らも生きていけぬのでな』
代々テラコーヤの主君に仕えてきた暗部達は、王室周りの様々な闇に通じている。
武闘派貴族連合の不名誉極まりない黒歴史なども知っているので、ハイスークに王都のダンジョンを掌握された時点で詰んでいる事を、何処の勢力よりも理解していた。
このままテラコーヤ王室の暗部として活動を続けるのは、相当なリスクを伴う。身の振り方を思案した彼らは、早々に離脱するという判断を下したのだ。
「俺達はこのままハイスーク領の住人になれればと思っているが……許されると思うか?」
「例の自販機は使ったか?」
「ああ、コインも発行された」
「ならば、こちらの出自は恐らく把握されている筈だ」
その上でハイスーク側から何もアプローチが無いのであれば、今は泳がされているか、受け入れる態勢を整えているのかのどちらかだろうと、元暗部の隊長は推察する。
「いずれにしても、一度は領主殿の居る新領都へ挨拶に出向くのが筋だろう」
「だよなぁ……――何か手土産にできそうなヴィヴァーレの情報でも見繕うか」
そんな調子で、元テラコーヤ暗部と、元ヴィヴァーレ影騎士隊の、周りには聞かせられない対話は夜通し続いたのだった。




