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王都カンソンのダンジョンは、城に近い場所にその入り口がある。丈夫な石の壁で囲われた祠のような建造物に入場門があり、門番と担当の記録係が人の出入りを管理していた。
基本的に国が雇った労働者が兵士達に守られながら資源の採掘を行う完全国営の迷宮採掘場で、一部区画は騎士達の訓練場としても使われている。
国の雇用とは別に、一般枠の冒険者がここを利用するには、冒険者ギルドで資格試験を受けて国家公認の入場許可書を発行してもらう必要がある。ちなみに有料。
入手した素材や鉱石は一部を利用料として納めなければならず、色々と制約が多い割に、怪我をした場合の治療費や消耗品の持ち込みは完全自己責任。
なので、殆どの冒険者は外のダンジョン――テラコーヤ王国領内では穢れ山ダンジョンが稼ぎ場所に選ばれていた。
そんな王都カンソンのダンジョンだが、人工ダンジョンならではの構造で迷宮と魔核がそれぞれ離れた場所にあった。
城の地下深くに鎮座する魔核と、その周囲に設置されている魔道具群が制御装置である。
これはスタンピードを起こさないようにダンジョンの活動を抑制する安全処置で、いざという時は迷宮と魔核を迅速に切り離せるようにと工夫された構造であった。
「これが分離装置か」
「急げ、すぐに異変に気付かれるぞ」
厳重な監視網を掻い潜り、見張りを無力化して制御装置のある深部まで侵入した影騎士隊は、迷宮の動作を管理する装置を操作して魔物の発生量を最大値に設定する。
そして、迷宮と魔核の緊急分離装置を弄って作動しないように工作を施した。
「これでいい。退くぞ」
「「了解」」
制御装置の部屋を出る時に扉にも細工をして鍵が開かないようにすると、物陰に隠した見張りの死体が見つかる前に速やかに撤退。
誰にも気付かれる事なく王都を脱出した。
その日の深夜。多くの人が寝静まる王都カンソンに、非常事態を告げる警報が鳴り響いた。
ダンジョンの異常を知らせる警報と共に、制御装置に繋がる通路の見張り役から、何者かの侵入があったとの報告が上がる。
哨戒から戻って来ない同僚を探しに行って、遺体を見つけたらしい。
「どういう状況か報告せよ」
直ちに立ち上げられた緊急対策本部では、次々とやって来る伝令達から暴走したダンジョンの様子が伝えられる。
「現在、最下層は湧き過ぎた魔物で埋め尽くされており、中層まで押し出された下層の魔物が採掘場を徘徊中。魔物の発生速度が速過ぎて顕現前に魔素に還る個体も観測されています」
「制御装置自体に異常は見られず、不正操作された設定を戻していますが、大量に吐き出された魔素の影響で魔物の発生が止まりません」
「緊急分離装置が破損しており、復旧を急いでいます」
既にダンジョンの出入り門は封鎖してあり、付近の施設も閉鎖して人々の避難も済ませてある。同時に、氾濫を警戒して冒険者ギルドにもイザという時の鎮圧に協力を要請していた。
「侵入した賊については?」
「調査中ですが、手掛かりは未だ見つからず……依然として不明です」
「足取りが掴めないどころか、何者なのかすら見当もつかない状態か……」
相当な腕利きによる犯行らしいという事しか分からないので、犯人の個人的な破壊活動なのか、国家や組織による工作なのかの判断さえつけられない現状に呻く。
その時、新たに駆け込んで来た伝令から、何やらメモを受け取った調査員が驚いたように告げる。
「隊長! 外周班からこのような報告が――」
王都の外周を調査していた部隊から、今回の事件を起こした犯人に繋がりそうな情報がもたらされたという。
部下からメモを受け取った調査員の隊長は、その内容に思わず眉をひそめる。
「ダンジョンからの情報、だと……? 何の冗談だこれは」
「あ、いえ、そのダンジョンは恐らくハイスーク領のイレギュラーダンジョンの事かと」
「ああ、そういう事か。今あのダンジョンはテラコーヤ国中に広がっていると聞くな」
メモには、件のイレギュラーダンジョンから伝えられた『ヴィヴァーレ王国の工作員』について記されていた。
※ ※
王都カンソンのダンジョンに工作を仕掛けて悠々と脱出を果たした影騎士隊は、テラコーヤ側の捜査網に引っ掛かる事なく国境を目指す。
移動ルートは王都から緊急の連絡があっても即応できないような、弱小領地を選んで縫うように抜けて行ったので、検問が敷かれる前に易々と通り抜けた。
テラコーヤ側は影騎士隊の存在に気付いてもおらず、行商人を装っている彼等は特に怪しまれる事もなく、数日で国境地帯にまで到着した。
「ここまで来れば、後は首都まで真っ直ぐ帰るだけですね」
「最後まで油断するなよ? 各自、周辺の警戒を怠るな」
潜入工作員御用達の、獣道のような森の抜け道を通り抜けて来た彼らは、越境前の休憩場所を求めて国境をまたぐ街道の一つに出た。
ヴィヴァーレ王国に繋がる幾つかのルートの中でも、治安の悪さ故に真っ当な行商人や旅人が利用する事は滅多に無いとされている、森を抜けるこの裏街道を通って帰国の途に就く。
「そういえば、この辺りでしたね。例の優良奴隷商の仕入れ商隊が潰されたっていう」
「ああ、何処まで本当か分からんが、ダンジョンの技術を使った魔道具で一網打尽にされたらしいという話だな」
「迷宮自販機とかいう噂のアレですか」
王都カンソンでの活動中において、ある程度の情報収集もしていたのだが、そこそこ大手の商人や一般民達の間でも話題になっていたので、実際にそういう魔道具があるのは本当なのだろう。
しかし、王都内でそれらしい物体を見掛けた事はない。
諜報担当の部隊ならもう少し詳しい情報を持っていたかもしれないが、基本的に潜入先で直接連絡を取り合ったりはしないので、急な任務で出てきた影騎士隊が知る情報は限定的だった。
――故に、彼等は致命的なミスを犯した。
「こんな国境の端まで街道を敷くとは、流石クローゼン大陸一裕福な国と言われるだけあるな」
「ここが大手の交易商人達が言っていた休憩場所か。確かに良く出来ている」
「あそこに並んでいる箱は何でしょう?」
「アレが件の迷宮自販機か? 無人の休憩地に無造作に置かれているとは」
越境直前で領域化街道とサービスエリア上に足を踏み入れた影騎士隊は、ヴィヴァーレ王国の首都コドフレートに帰還する事はなかった。
※ ※
「何か王都が大変な事になってるらしいけど、こいつらの仕業だったのか」
再三の警告にも関わらず、サービスエリアに設置してある魔鉱石の街灯や、迷宮自販機の筐体まで持ち去ろうとした、ある意味猛者な集団を捕縛。
一番抵抗が激しかったリーダー格を吸収したところ、彼らがヴィヴァーレ王国の正規の騎士達である事が分かった。
騎士といっても、裏の仕事を専門にしている部署のようだったが。
『ゼイラーロフとオーテイアから観測した限り、王都にはかなりの量の魔素が溢れているな』
『瘴気も大分漏れ出している。あの状態ではそのうち無秩序に魔物が湧くぞ』
『――』
王都カンソンに警報が鳴り響いた頃から、その防壁が見えるほど近郊にあるゼイラーロフ領とオーテイア領から様子を窺いつつ、街に入って来る情報を拾っていた街づくり好きな迷宮核。
魔素と瘴気の流れを観測した魔核達の見解によると、今の王都内はダンジョンの浅い層のように低級の魔物が発生する可能性が高まっているらしい。
「とりあえず、お知らせボードで各同盟領地や冒険者ギルドに王都の状況を報せよう」
ハイスークの領主にも連絡をとって対策を話し合う。もし援軍を送るなら、街づくり好きな迷宮核も鎮圧を手伝う所存であった。




