43:ヴィヴァーレ王国の野望
テラコーヤ王国に潜入したヴィヴァーレ王国の裏の精鋭『影騎士隊』は、隠密と諜報、工作活動に特化した集団である。
今回の密命任務は、王都カンソンの中心にあるダンジョンの破壊。
なぜ今このタイミングでテラコーヤ王国に仕掛けるのかといえば、とある鉱山を巡って現在も続いているサマラヴォイ聖国との抗争に、テラコーヤが介入してきたと判断したからだった。
北のテラコーヤ王国、南東のサマラヴォイ聖国と国境を接する、大陸中央部のヴィヴァーレ王国。
鉱山開発と奴隷貿易で栄えたこの国は製鉄が盛んで、武具を中心とした鉄製品が豊富。戦にも強く、領内に存在する三つのダンジョンから採れる素材も相まって、国庫は常に潤っている。
そんな精強国であるヴィヴァーレ王国が、サマラヴォイ聖国と小競り合いを繰り広げている鉱山に掛かりきりになっているところへ、想定外の方向から横槍が入った。
ここ最近の情勢を分析したヴィヴァーレの見解として、国が支援している優良奴隷商の、子飼いの仕入れ口が潰されたうえに、サマラヴォイ側に巡礼者の拉致を悟られた。
聖国から正式な抗議などは来ていないので、意図的に巡礼者を狙っていた事はまだ把握されていないようだが、それも時間の問題だろう。
優良奴隷商の上質な商品仕入れ口として働いていた商隊が襲撃を受けたのは、テラコーヤ王国の地方領地内。
その後、商隊の一次集積拠点がテラコーヤ側の雇ったとみられる冒険者集団に制圧された。
さらには、そこで保護された巡礼者がテラコーヤ領内の教会から、ヴィヴァーレ領内での被害を聖国に届け出ている事から、聖国とテラコーヤの繋がりは明らか――
というのが、ヴィヴァーレの軍部中枢が出した結論であった。
テラコーヤ王国に潜らせた諜報員が寄越した情報には、今回の国境付近での騒動は、かの国に存在するイレギュラーダンジョンによる自治行為であった、等という欺瞞情報が含まれていた。
「馬鹿にしおって。儂らがダンジョンについて何も知らぬとでも思うておるのか」
ヴィヴァーレの王は、執務の合間の休憩で悪態を吐きながら銀盃を呷る。酌に付き合う宰相が、それに相槌を打ちながらテラコーヤ側の思惑を推察した。
「まあ、ダンジョンに関しては一日の長を自負しているでしょうな」
「我がヴィヴァーレにもダンジョンはある。テラコーヤのような紛い物ではなく、本物がな」
「おっしゃる通りです」
実のところ、ヴィヴァーレ王国はテラコーヤの王都カンソンにあるダンジョンが人工ダンジョンである事を把握していた。
互いに、過去このクローゼン大陸に入植してきた者達の末裔であり、建国の時期も存続の長さも同じくらいで、発展具合もほぼ同等。
だが、テラコーヤ王国は人工ダンジョンの発生と制御に成功した事で、資源を安定的に確保できる環境を得て、クローゼン大陸の中では最も裕福な国になった。
流石に自国の中枢で各種資源の採掘ができる相手には迂闊に攻め込めない。
ヴィヴァーレ王国は十分な力を蓄えるまでテラコーヤ王国に手を出す事はせず、中立を装いながらこれまで機を窺っていたのだ。
テラコーヤ王国が領土拡大政策をとっていた時代は、良い感じに疲弊していたので隙を突くチャンスもあったのだが、丁度その頃から南東のサマラヴォイ聖国が台頭してきた。
聖国の掲げる信仰の教義は、ヴィヴァーレ王国の主産業でもある奴隷貿易を滞らせる原因になっていた為、しばらく信者達による布教の弾圧に手を焼くこととなった。
そうして南東に無視できない敵対国ができてしまった。
サマラヴォイ聖国は領土こそヴィヴァーレやテラコーヤの四分の一程度もあるか否かという大きさだが、信徒はクローゼン大陸中に存在しており、彼らが支えるその国力は決して侮れない。
そんなサマラヴォイ聖国とテラコーヤ王国が手を組んだかもしれない今回の事態に、ヴィヴァーレ王国は警戒を強めている。
テラコーヤ王国の中枢である王都カンソンの人工ダンジョンに、直接破壊工作を仕掛けるという強硬策を取るのは、その危機感の表れとも言えた。
「あのダンジョンはできれば無傷で手に入れたかったが……」
「ダンジョンの暴走で被害を受けるのは、主に地上の街部分ですからね。上手くすれば魔核と制御装置は手に入るかもしれません」
この作戦でテラコーヤ王国に効果的な痛撃を与えるには、攻め込むタイミングが重要になる。
国境に軍を集めて牽制し、ダンジョンの暴走を鎮めるのに手一杯なテラコーヤ側に圧力を掛ける事で、騒動を長引かせて被害の拡大を狙うようなやり方も検討していた。
侵略の方針は概ね定まっていたが、テラコーヤ王国の戦力に関して、宰相は一つ気になる事があると王に申し述べる。
「最近、テラコーヤでは王都のダンジョンではなく、ハイスークという辺境にあるダンジョンが話題に上っているようです。これは、もしかすると例の報告にあったダンジョンなのでは?」
「あのイレギュラーダンジョンとかいう欺瞞情報か? ありえんだろ」
テラコーヤ国の王室は長年の間、王都カンソンのダンジョンを自国の裕福さや特別感をアピールする象徴として内外に喧伝してきたのだ。
同じ自国領とはいえ、辺境の地方領主に富国の象徴の座を譲るとは思えない。
「仮に王都のダンジョンより稼げるダンジョンが見つかったとして、そんなもの直ぐに王室が召し上げる筈だ」
「まあ、そうでしょうな。さすれば、二つ目の人工ダンジョンが造られた可能性も」
「……そうか、その線もあり得るな」
自然発生したダンジョンが地方の領地で自治を手伝った等という与太話よりは、よほど説得力があるとヴィヴァーレの王は唸る。
王都カンソンの人工ダンジョンが成功したのは、ほとんど偶然の産物という奇跡だったらしい。
当時から真似をして人工ダンジョンを造ろうとした国はあったが、いずれも失敗に終わっている。テラコーヤの研究者達がその後も研鑽を重ねて、遂に技術を確立させたのかもしれない。
「カンソンの工作と同時進行でそっちも探らせるか……影騎士で空いている部隊は?」
「第六と第八部隊が休暇明けになります」
「よし、その二隊を辺境のハイスークとやらに送り込め。国境地帯には光明騎士団を張らせろ」
ヴィヴァーレ王国の表の精鋭である『光明騎士団』をテラコーヤ王国との国境地帯に集結させ、王都カンソンのダンジョンに工作を仕掛けるのに合わせて圧力を掛ける。
同時に、テラコーヤ王国が確立させたかもしれない人工ダンジョンの生成技術を探りに、辺境の領地ハイスークへ『影騎士隊』を送り込む。
「では、そのように」
こうして、ヴィヴァーレ王国の本格的なテラコーヤ侵攻作戦が始まったのだった。




