42
ハイスーク領にて、かつては穢れ山ダンジョンに向かう中継街として知られ、冒険者であふれていたスクールの街。
今では新領都パスカーレに向かう玄関口として、旧領都ハイスークと並んで多くの旅人や商人達で賑わう異界化した街に生まれ変わっていた。
この街の西側には、華美な彫刻で彩られた大きな石のアーチ門を入り口にした噴水広場があり、そこから更に西端の森へと繋がる異界化街道が伸びている。
「いよいよこの先ですか……」
「なんとも快適な街でしたな」
「後はここを真っ直ぐ行くだけで良いようです」
王都カンソンの教会本部から派遣された鑑査隊の一行は、遥か西の辺境へと続く立派な石畳の街道に立って遠くを見やる。
西端の森近くには、ハイスークのイレギュラーダンジョンが最初に異界化した村があるらしいので、そこを拠点にしながら森の調査をする予定だった。
「件の村は、今では都のような規模の街になっていると聞きます」
「スクールの街やここへ来るまでの異界化した街を見れば、あながち大袈裟な噂とも笑えんな」
「乗合馬車の定期便が出ているようなので、それに乗っていきましょう」
かなり広く敷かれた街道の脇には乗合馬車の停留所があり、客待ち中の馬車が待機していた。
「都村行き昼の便だよ~。もうすぐ出るよ~。夕方には着くよ~」
乗合馬車の御者が、ハンドベルをカランカランと鳴らしながら行き先と到着時間を告げる。
「あれは……馬車なのか?」
「変わった外観をしていますな」
「車輪が随分と小さい。そのぶん幅があるようだ」
「輪っかの黒い部分は何だろう?」
そこそこ大きな街でよく見かける幌付き乗合馬車とはかなり違う。長い箱型の車体で屋根も壁もしっかりしており、透明なガラス付きの窓まで付いている。
貴族御用達の大型高級馬車から華美な装飾を取り払って、三台か四台分ほど繋げたような形をしていた。
「西の果ての村に行きたいのだが、乗れるかね?」
「お、団体さんかい? 乗り口はこっちだよ。降りる時は向こうを使ってくれ」
御者に声を掛けると、そう説明された。車体前方の片側にある入り口から乗り込むと、思いのほか広い車内の真ん中に通路が伸びていて、その左右に二人掛けの座席がずらりと並んでいる。
「おお、実に斬新な設計だ」
「! この椅子、まるで質の良いソファのようだぞ」
鑑査隊一行の全員が乗り込んでもまだ半分以上の席に空きがあるほどで、西の果ての村――ここでは『都村』と呼ばれているらしい村を目指す旅行客がちらほらと乗り込んでくる。
やがて乗合馬車は定刻に出発。早馬のような速度で走り出した。
「は、速いな。しかもほとんど揺れがない」
「いくら石畳敷きとはいえ、これほど安定するものなのか?」
「うーむ、外見だけでなく車体構造が根本的に違うのか」
「あの車輪にも秘密がありそうだ」
スクールの街に着くまでの道中でも、イレギュラーダンジョン由来の様々な珍しい施設を見て、各設備の利便性にも触れてきたが、ここでまた新しい乗り物という要素が増えた。
王都にはない、希少な迷宮産の製品の数々。次々目に飛び込んでくる新たな発見と体験を前に、鑑査隊一行のメンバーは久しく感じていなかった高揚感に包まれていた。
途中で眠ってしまうほど快適な乗合馬車の旅は終わり、鑑査隊一行は遂にハイスーク領の西端の森地方に到着した。
「お疲れさ~ん。降車は後ろの出口だよ~」
到着を告げる御者の声と、他の乗客が動き出した気配で目を覚ました一行は、旅行客達の列に続いてその地に降り立つ。
スクールの街の停留場があった広場によく似た広い空間と、正面に聳えるのは重厚な外壁。
歓迎を示す文面が掲げられた立派なアーチ門をくぐれば、そこには見た事もない異質な街が広がっていた。
「な……なんだ、この街は?」
「巨大な石碑のようなモノがいくつも立っているが、アレは建物か?」
墓石にも似た、四角く縦長で背の高い石の塔が雑然と並んでいる不思議な光景。二階建てくらいの低いものから、王都で見る五階建ての建物よりも遥かに高いものまで。
「まるで遺跡型のダンジョンのようだな」
「しかし、いずれも人の営みが見受けられます」
「つまり、これがここの常識というわけか」
「というか、村ではないな、これは」
大体一年ほど前まで知られていたハイスーク領に関する情報では、西端の森にある村はほとんど開拓も進んでいない棄て地のような場所という認識だった。
現在は、イレギュラーダンジョンの噂が出始めた頃から急激に発展したらしいとは聞かされていたが、目の前に広がる巨大な異界の街には、開拓村の面影すらない。
しばし圧倒されていた鑑査隊一行に、この都村に滞在している若い神官が声を掛ける。
「あの、教会本部の方ですか?」
「あ、ああ、君は?」
「私は、この村の教会を預かっている者です。少し前までスクールの街に居ました」
数日前、ハイスーク領の上の方から『都村に鑑査隊がやって来るので、彼らを迎える為の教会を建てた。誰か管理して欲しい』という通達があり、この若い神官が抜擢されたのだとか。
「ここへは以前に一度、調査に来た事があるんですよ」
西の森の異変を訴える老いた猟師の証言を確かめるべく、護衛の冒険者を雇って森の調査に出向いたが、ダンジョンが関わっているというベテラン冒険者の忠告を受けて引き返した。
「あの時はまだ、のどかな景色の残る普通の村だったんですけどね」
「ここは、いつからこのような街に?」
若い神官の案内を受けながら、彼の語る都村の話を聞く鑑査隊一行。ここが今のような異界の街に変貌したのは、ハイスークの新領都ができる前後あたりだったらしい。
村の姿自体はもっと前から石造りの遺跡のような建物に変化していたが、高層建築物が並び始めたのは、迷宮自販機が出回り始めた頃だそうな。
都村には『西の森博物館』という展示施設があり、そこには異界化する前の開拓村――正式名称ハタナ村と西の森の、当時の様子を再現したジオラマが展示されているのだとか。
「着きました。皆さんの滞在中はここでお過ごしください」
若い神官が、光沢のある石材が敷かれた通路前で立ち止まると、その先に聳える大きな建物を指して言った。
この街の、他の箱型の建物とは明らかに趣が違う。全体的に白い石材が使われており、無数の細かい彫刻が施された、非常に存在感のある荘厳な建築物。
「……城?」
建物の左右に立つ美しい尖塔を見上げながら、思わずこぼした鑑査隊員の呟きに、若い神官がさらりと答える。
「この村の教会です」
「村の教会……」
「王都の大聖堂より大きいじゃないか」
こんな『村の教会』があってたまるかと突っ込みが入る。
この国の中心部である王都の教会本部から辺境の村に来たはずなのに、まるで地方から都会にやって来たかのような錯覚に陥る鑑査隊の面々であった。
※ ※
「教会の一行が都村に着いたか。どの辺りまで入って来てどんな審査があるのやらだけど、多分、聖域認定は確定事項だろうし、鑑査隊が仕事終えて帰るまで見守る方針で」
『それは構わんが、連中が湖まで来たらどうする』
西の森の魔核は、本体がほぼ剥き出しの状態で地上に在る事にやや心配そうな心情を浮かべているが、街づくり好きな迷宮核は問題ないと宥める。
「ここは湖の中心の更に水底だからね。船でもなきゃ近くまでは来られないよ」
西の森は全域の領域化が完了しており、狩猟区、禁猟区、果樹園などに区分けしている。魔核と迷宮核が鎮座している枯れた泉のあった場所は、今はかなり大きな湖になっていた。
この湖の水深は中心の枯れた泉のあった場所が二メートルほどで、他は一メートル程度の浅い作りになっているが、いつでも湖全体を弄れるので、魔核達が危険に晒される心配は無い。
「この一帯は立ち入り禁止区域指定を周知してあるし、無視して入り込む人間は基本、吸収対象だから」
一見すると変哲もない、森の中に広がる美しい湖だが、湖底には任意で即死トラップを幾らでも設置できるのだ。
加えて、湖の地下には巨大な空洞を用意してあり、一瞬で水を抜いて地下に落とす事もできる。攻撃用の太い石柱もわんさか生やせるので、攻守共に隙は無い。
『よくもまあ、そのような仕掛けを考えたものだ』
『――』
街づくり好きな迷宮核の発想にしてやられた麓の魔核と、この環境を気に入っている中腹の魔核が、感心したような呆れたような思念を飛ばしてくる。
現在は深夜を過ぎた頃。活動する人間の数が減ったので、業務?に余裕ができた二人が雑談に交じってきたようだ。
「しばらく既存の街弄りに集中してたけど、魔素の安定供給網も確保できたし、聖域認定で足場固めも終わったら、ようやくオリジナルの街づくりに着手できるな」
起点は西の森の近くにあったハタナ村になるが、その村も今やミニチュアサイズのジオラマ模型に当時の姿を残すのみで、現在は都村と呼ばれている未来都市に変貌している。
「ここまで下準備に結構かかったけど、ここから大規模な街を興していくぞー」
『結局そこに帰結するのか……』
意気込む街づくり好きな迷宮核に対して、西の森の魔核は『分かってはいたが』と、溜め息のようにこぼす思念をもにょらせた。
そんな調子で、迷宮核と魔核達が夜の座談会っぽい事をやっていた頃。テラコーヤ王国のお隣、精強ヴィヴァーレ王国の王城にて――
「よし、ではこの作戦で行け」
「失敗は許されんぞ」
「「「ハッ」」」
ヴィヴァーレ王国の裏の精鋭である『影騎士隊』が、国王と宰相からの密命を受けて、テラコーヤ王国へと出撃していった。




