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日が昇る直前。夜明け前のクローゼン大陸。テラコーヤ王国の南側国境付近を、小さな人影が寄り添いながら歩いていた。
隣国の寂れた鉱山街に住み着いていた孤児の兄妹。彼らは十数日前、街を通過する行商人達が、酒場で奇妙な話をしているのを耳にした。
『テラコーヤ国の街には、お金が無くてもパンが買える魔道具が道端に立っている』
――という、眉唾ものの内容だったが、日に日に採掘量が減って活気を失っていく街の様子と、酒場や食堂でのおこぼれにもありつけなくなって久しい現状から、イチかバチかテラコーヤ国まで無料のパンを手に入れに行こうと決意。街のスラムを抜け出して来た。
昼間は奴隷狩りに見つかりやすいので、暗くなってから街道の近くを移動し、ようやく国境の付近まで辿り着いたのだ。
行商人達から聞こえた話によると、国境には大きな休憩場所があって、そこにも件の魔道具があるという事だった。
「にぃちゃん、あかりが見えるよ」
「ああ、多分あれが休憩場所だろう」
あそこまで行けば、ただでパンが手に入るかもしれない。兄妹は街道脇の草むらに身を潜めながら慎重に近づいていく。
高い石の壁に囲まれたその場所は、まぶしい光で地を照らす柱が等間隔に立っていて、まるで昼間のように明るい。地面には継ぎ目のない石畳が敷かれ、白い線が引いてある。
「誰もいない」
「すごいひろいねぇ」
テラコーヤ王国と隣国――ヴィヴァーレ王国を行き来する行商人はそこそこ多いが、移動の頻度は少ない。
あまり治安がよろしくないヴィヴァーレ王国を通る時は大きな集団を組んで移動するので、一度商人の一行が通り過ぎると、しばらくは見掛ける事もなくなるのだ。
「きっとこの前の商人達が最後の集団だったんだ。しばらくここには人が来ないはず」
ただただ広いその空間に踏み入れた兄妹は、行商人達が語っていた魔道具を探す。それは、壁際に並んでいた。
「あれかな?」
「おおきなはこ?」
長方形でクローゼットのような大きさの箱が四台ほど。上半分は透明の窓に覆われていて、中に瓶やら干し肉、パンが飾られている。
「これだ!」
「パンがある」
どうやって買うのだろうかと、魔道具の周りをうろうろしていると、窓の下部分にある板が光って、模様が浮かび上がった。
「文字だ……けど、なんて書いてあるのか分からないや……」
兄妹は文字を読めないし書けない。ここに買い方が記されているのだとしても、何をどうすればいいのか分からず途方に暮れる。
「せっかくここまで来たのに……」
「にぃちゃん、おなかすいたよぉ」
街から長い距離を、ほとんど飲まず食わずで歩いてきたので、二人とも疲労が溜まっているし、常に空腹状態だ。
このまま読めない文字を見上げていても仕方がない。この辺りで食べられそうな草でも探そうかと考えたその時、文字盤から光る文字が消えて、絵が浮かび上がった。同時に音声も流れる。
『迷宮自販機のご利用、ありがとうございます』
「うわっ」
「わぁ」
『当機で商品を購入するには、利用者登録をお願いします。お支払い方法は通貨・宝石・貴金属の他、魔素でのお支払いが可能です』
それは、迷宮自販機の使い方をレクチャーする解説動画だった。
音声付き解説動画で迷宮自販機の使い方を学んだ兄妹は、早速パンの購入を試みる。
「ま、魔素払いで」
「まそばらいで!」
二人の魔素量で購入できたのは、一番安いパンが二つと一皿の野菜スープだけだった。兄妹は野菜スープを半分こしてパンに噛りつく。
「ふわふわ」
「ほんとだ、このパンすげー柔らかい」
空腹を満たすには物足りないが、街に居た頃でもこれだけしっかり食べられたのは稀だ。他にも、綺麗な水が絶えず流れ出ている石柱の泉や、立派な石竈もある。
ここに居れば、毎日この量を食べられる。この休憩場所に住み着けば、安全に過ごせそうだ。
「でも、ずっと居るのは無理かも……」
これほどの魔道具が設置されている広場。恐らくは国を渡る商人一行や、貴族達の為に作られた特別な休憩場所に違いない。
隅々まで明るく照らし出されたこの空間に、襤褸の寝床など用意すれば確実に目立つ。
今は辺りに誰も居ない為、迷宮自販機や水場を自由に使えているが、街の中にもあった金持ち達が住む一画と同じで、本来の利用者に見つかれば追い出されるだろう。
兄がそんな事を考えていると、迷宮自販機の光る文字盤に『迷宮案内』が流れた。
『♪♪穢れ山迷宮ランド♪♪ ハイスーク新領都中央に、新たな冒険者の宿舎が完成! 充実した訓練施設で心身を鍛え、健康な毎日を送ろう。君もあなたも高ランク冒険者になれる!』
いわゆる広報CMであった。
「ハイスークの新領都か……冒険者になれば、そこで暮らしていける?」
「いくの?」
光る文字盤に音声と映像で紹介された、ハイスーク新領都の様子と冒険者達が住む大きな家。ご丁寧に現在地とハイスーク領までの道程を示した、簡単な地図まで表示されている。
かなりの長旅になるが、地図によるとここと同じような休憩場所が途中に何ヵ所もあるようなので、そこをたどって行けば何とかなりそうに思えた。
「今日はもう寝よう。明日起きたら準備して出発だ」
「うん」
迷宮自販機の影に寝床を作った孤児兄妹は、二人で丸くなって眠りにつくのだった。




