35
ゼイラーロフ領の突堤と桟橋群に、数艘の魔導艇と中型魔導運搬船が帰還する。
お隣オーテイア領の河川港まで、不当な足止めを受けている魔導運搬船の積み荷を受け取りに出発した魔導艇集団だが、河川港に到着した時にはハイスーク騎士団の進軍が始まっていた。
街の方で何か騒いでるなぁ等と、運搬船の船員と呑気な会話を交わしながら積み荷を仕分けし、急ぎで運ぶ必要のある物を魔導艇に積み替え、さあ帰ろうというところで運搬船の封鎖が解けた。
「団長と副長がまだ戻ってないんだけどなぁ」
このまま出発してよいのかと戸惑っている彼らのところに、オーテイアの領主の屋敷から何度か使者がやって来て、一旦ゼイラーロフ領に帰還してほしいとの要請を受け、出港した。
交易団の団長と副長は、後日陸路で帰ると聞かされた。
そうしてゼイラーロフ領の突堤まで帰ってきた魔導運搬船の交易団一行と魔導艇の漁師組は、オーテイア領とのトラブルの詳しい内容を聞いて驚いた。
「うえー、そんな事になっていたのか……」
「なんだよ、下手すりゃマジで向こうの連中とやり合う事になってたんかよ」
出発前は中型魔導運搬船が拘束されて動けない状態にある事と、オーテイア側に不穏な動きがあるという程度の内容までしか知らされていなかったのだ。
まさか同盟領地のハイスークから騎士団が出張って来るほどの事態になっているとは思いもよらなかったと、皆で肩を竦めていた。
その頃、王都カンソンの城内では、深夜であるにも拘わらず緊急の王宮会議が開かれ、王都に住んでいる上流貴族を中心に今回の事態の収拾を図るべく議論が行われていた。
ハイスークによるオーテイア領進攻について。
「王都のお膝元でこのような蛮行を許すなどあってはならない! ハイスークには即刻オーテイアからの撤退を打診すべきだ!」
そんな意見に賛同の声も上がるが、既に国王陛下からハイスークの領主に対して、すぐに兵を退くよう要請が出ていた。
ハイスークの領主はこれを拒否。カンヤーツ子爵の不正を糾弾し、ハイスークによるオーテイア領有の正当性を訴えている。
この場に当事者達が居ないのでは議論を重ねても仕方がないと、会議は後日に持ち越された。
それから五日後、朝から開かれる事になった王宮会議には、引き続き王都の上流貴族層の他、大領地派閥の領主達に、武闘派貴族連合と呼ばれる軍閥系の貴族達が居並ぶ。
今回の騒ぎの当事者であるオーテイア領主カンヤーツ子爵と、ゼイラーロフ領主テモメヤ男爵。そしてハイスークの領主も出席していた。
「――以上の理由から、我がハイスークの属領として統治するのが望ましいと主張致す」
ハイスークの領主は、カンヤーツ子爵の統治能力に問題があり、領主としての資質にも疑問が残る旨を説くと、オーテイアを自領に加える妥当性を主張した。
当然のように『横柄だ』『無効だ』と、ハイスーク領主の言い分に反発する声が上がる中――
「我々は、ハイスークの主張を容認する」
ざわりと会場を騒がせたのは、武闘派貴族連合の代表だった。この席で彼らは、ハイスーク側の主張を容認し、ハイスークがオーテイア領を治める事を条件付きで認める立場を表明した。
その条件とは、徴税に関する優遇処置を撤廃する事。
元王弟殿下のカシナートが治める領地として、オーテイア領は特別優遇を受けて色々と免除されていた。
王都近郊で海沿いの大領地にも繋がる大河が流れ、河川港も整備された領地。本来ならもっと発展して大きい税収が見込まれる優良な土地のはずだったが、活かせていない。
武闘派貴族連合には一応、ハイスーク主催の大舞踏会に参加した者もいて、ハイスーク領の異様な発展具合を把握している。
なので、立地本来の価値に合わせた税率を課した上で統治するのであれば、オーテイア領をハイスークの領主に任せてもよいという妥協案を出した。
今日の会議に臨むにあたり、武闘派貴族連合の幹部が集まって練られた、対ハイスーク戦略で至った結論であった。
水害が酷くて棄て地扱いになっているゼイラーロフ領と違い、オーテイア領は元王子殿下だったカシナートを押し込める為に、そこそこ発展させた街に宮殿を建設し、河川港も用意した。
かなり条件のよい領地になるので、これまでの優遇処置を撤廃すれば、大領地並の税額を納めなければならなくなる。
ハイスークにそれらオーテイア領の負担を押し付け、益を絞り出させようという魂胆でもあった。
「よろしいでしょう。その条件でお受けする」
「……では、権利書をここへ」
ハイスークの領主はこれを快諾。その場でオーテイア領の統治権を国王陛下の名の下に保障する書類にサインがなされる事となった。
少しは躊躇を見せるかごねるくらいすると予想していた武闘派貴族連合や王都の上流貴族達は、ハイスークの領主はそれだけ利益を出すことに自信があるのか、或いは短慮なのかと囁き合う。
正式にオーテイア領がハイスーク領に加えられた事が確認され、この問題はひとまず決着となった。
が、ハイスーク領主の追及はここで終わらない。
「では次に、カンヤーツ子爵から我々に対する謝罪と賠償について協議していただきたい」
「な、なにを言う! 貴様への賠償はもう済んだではないか!」
この会議の席では発言権を与えられていないカンヤーツ子爵だが、彼は思わずそう叫んでいた。我が領地を奪っておいてこれ以上なにを求めるつもりなのかと。
「テモメヤ男爵家の使者を不当に拘禁し、ゼイラーロフの領民に暴行を働いた件が残っている」
魔法契約書まで用意して魔導船の譲渡を迫り、ゼイラーロフ交易団の代表に手傷を負わせた事への謝罪と賠償がまだであると告げるハイスークの領主に、カンヤーツ子爵は反論する。
「その件と貴様の進攻は別問題だ!」
「私が兵を挙げたのは貴殿が同盟領地の主権を脅かし、我が領の資産に手を出そうとしたからだが……貴殿は魔導船を担保に他国の商会から融資を受けようとしていた疑いがある」
「っ……!」
この会議の場でそこに触れられるとは思っていなかったカンヤーツ子爵は、あからさまに苦々しい表情を浮かべて沈黙する。
そこへ助け舟というか、ハイスーク領主の追及に待ったを掛けたのは、武闘派貴族連合の代表達だった。
「待たれよ、その問題をここで話し合うのは、聊か事が大き過ぎる」
「一領主同士の賠償問題で扱うには過分な内容だ。また後日にでも裁判を開くべきだろう」
自国の他領から高級品を奪って他国の商会に売りつけ、軍資金を得ようとしたという話になるので、カンヤーツ子爵の後ろ盾になっていた武闘派貴族連合にとってもかなり不味い内容だ。
この辺り、詳しい情報を得ていなかった王都の上流貴族層や、大領地派閥の領主達も、なにやら不穏な空気が漂い始めた事に戸惑いの表情を浮かべていた。
結局、ハイスーク領主はこの問題にそれ以上踏み込むことはせず、この公の場でテモメヤ男爵と並んで、カンヤーツ子爵から正式に謝罪を受けて手打ちとした。
「では、これにて本会議を閉会とする」
気疲れで大変そうな国王陛下と、ぐぬぬとなっているカンヤーツ子爵。武闘派貴族連合は微妙な空気を醸し出しながら、仲間内で密談を始めた。
王都の上流貴族層や大領地派閥の領主達は、今後王都近郊の領地からハイスーク産の商品が出回るかもしれない事に商機を見出しつつ、富の一極集中を避けるべく対策を模索する。
一方、ハイスークの領主は概ね狙い通りの展開に持っていけた事をほくそ笑んでいた。
「見たか、武闘派貴族連中のあの慌てぶり」
「王都に居る間は、あまり挑発し過ぎないようにして下さいよ?」
機嫌が良さそうな領主に対して、側近はイレギュラーダンジョンの領域に護られたハイスーク領ならまだしも、ここはまだまだ潜在的に敵対者の多い王都なのだからと注意を促す。
「分かっているさ、皆まで言うな。――では男爵、我々はこれで自領に引き上げるが」
側近の忠告を受け流したハイスーク領主は、会議場から一緒に歩いてきたテモメヤ男爵に声を掛けた。
「は、はい、お疲れ様でした。私も家に帰ります」
国王陛下を始め、王都の上流貴族層に、大領地派閥の領主達。さらには滅多に表に出て来る事が無いと囁かれる武闘派貴族連合。
そんな大物貴族ばかりが集まった王宮会議の空気に当てられ、緊張のあまりずっと置物と化していたテモメヤ男爵は、はやくお家に帰りたい思いでいっぱいであった。
※ ※
――と、王都カンソンで国内のごたごたが片付いたり、新たな火種が撒かれたりしていた時。
街づくり好きな迷宮核はといえば、新しく領域化可能な街として加わったオーテイア領の首都をどんな風に弄ろうかとアイデアを練っていた。
「ハイスークやゼイラーロフが全面領域化だから、ここはひとつ部分的に領域化したデザインを試してみようかな」
道の舗装と街灯設置は標準仕様として、建物の領域化や生活支援設備は棟毎、個人毎に別途用意していく方向で進める。
魔素には十分な余裕があるが、ゼイラーロフ領の街には先行投資気味に振る舞ったので、こちらには吸収できる魔素量に合わせて受けられる恩恵を調整する。
「部分的な領域化で不特定多数の利用者が恩恵を受けられて、話題にもなりそうな物といえば、やっぱりアレだな」
一つアイデアを思い付いた街づくり好きな迷宮核は、さっそく西の森の中にあるオブジェクト置き場の広場で、新たな設置物の試作を始める。
大舞踏会イベントで色々な設備や道具を制作したお陰か、思いのほかスムーズに目的の物体が組みあがった。
「動作テストとモニターはこっちの村人にやってもらおう。上手く行ったら領域化してる街の全域とか施設の中とか、領域化街道にも等間隔に並べておきたいな」
もはや村と呼ぶには規模が都化している西の森近くの村に、新たな設備が設置された。その設置物は、『自動販売機』という。




