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迷宮遊戯  作者: ヘロー天気
限界領地改革編

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 領地の異界化による急速な発展と改革を進めるゼイラーロフ領。

 長年続いた川の氾濫で地盤が脆かったが、実は肥沃な土地に育っていたがゆえに、ダンジョンとの接続で調整された大地は、開墾してすぐ多くの作物を収穫できる豊かな農地へと変貌を遂げた。


 しかし、農地の状態は最適化されたが、そこで育てる作物の量が圧倒的に足りない。なので近隣の領から種や苗を買い入れる事が急務であった。


 買い入れる為の資金も勿論なかったので、ダンジョンと接続したその日の内に出現した、領主の屋敷の庭の果樹園から採れる果実を売って資金にしている。


 それら交易を担うのが、ゼイラーロフ領の川べりに堤防と突堤と桟橋が生えた日に、ハイスークの領主から貸し出された事になっている小型魔導艇と中型魔導運搬船であった。


 小型魔導艇は主にゼイラーロフ領内の川を満遍なく回って漁をしており、近隣の領との交易は中型魔導運搬船が活躍していた。


 下流に面する(ゼイラーロフ)領から迷宮産果実の売り込みと作物の種の買い付けに来た交易団一行を見たその領地の商人達は、川の流れをものともしない魔導船の力強い推進力に度肝を抜かれたとか。



 上流にさかのぼった先にある、二つ以上離れた川沿いの領地で果実を売り、種を買う。

 帰りは途中の領地にも寄りながら、その土地で売りに出ている苗や、日用品の類なども買い入れてゼイラーロフ領に帰還する。


 そんな交易のサイクルが形になって来た頃。



 ゼイラーロフ領の上流側にあるオーテイア領の河川港にて、交易団一行は足止めを食らっていた。


「これ、まだ封鎖は解けないのか?」

「生モノも積んでるのに、あんまり遅くなると腐っちまうぞ」


「今、団長達がここの領主に掛け合ってるらしい」


 いつものように上流の川沿いの領地で売買をして、帰還する途中の領地で船倉の空きを埋める買い物をしながらここまで下って来たのだが、オーテイア領の河川港に入ってすぐ、浮き桟橋が船体を囲むように展開されて出航できなくなった。


 港の作業員に何の真似かと抗議してみれば、この船が入港したなら許可が出るまで動かすなと、上からのお達しがあったとか。


 臨検でもするのかと思いきや、役人がやって来る様子もない。

 このままじっとしていても仕方がないと、交易団を取り仕切る団長――テモメヤ男爵家から出向している文官と、操船を担当している副長がオーテイアの領主のところまで話を付けに行った。


 が、一向に戻らない。もう随分な時間が経っており、陽も傾いてきている。

 今現在、中型魔導運搬船に残っているのは、積み荷を運ぶ作業員が数人と操船の補佐役達。一応、護衛役として腕の立つ若い衆も乗っている。皆、ゼイラーロフ領の住民達だ。

 ちなみに、若い護衛役はハイスーク領の大舞踏会に参加する領主一行に同行した経験を持つ。


「これ、うちの領主様に知らせた方がいいんじゃねーかな?」

「隣の領地だしな。走れば夜までには着くか」


 じゃあちょっくら行ってくると、若い護衛役の一人が軽く武装して船を降りた。



「おや? どこに行きなさるね?」

「ずっと待ってても埒が明かないんでね、ひとっ走りうちの領主様に知らせて来る」


 港の老作業員にそう答えた護衛役は、ゼイラーロフ領に向かって駆け足で走り去った。老作業員はその様子を目で追いながら、後ろ手で後方に居る部下達に合図を出す。


『追え・仕留めよ』


 彼はオーテイアの領主に仕える諜報員で、表沙汰にできない影の仕事も担う、暗部のような存在であった。


 人目に付かない建物の影から現れた数人の武装グループが街を離れていく姿に、気付いた者はいなかった。




 オーテイアの領主の屋敷にて。ゼイラーロフ交易団の団長と副長は、地下の一室に軟禁されて契約書への署名を迫られていた。

 『魔導運搬船を譲渡する』という内容の魔法契約書である。


 大きなテーブルを挟んで団長達と向かい合わせに座っているオーテイアの領主カンヤーツ子爵は、相手の言い分に耳を貸すことなく、三度目の同じ要求を突きつけた。


「いいから、これに署名したまえ」

「何度でも言いますが、あの船は我が領主様がハイスークの領主様よりお借りしている船ですので、我々の一存でどうこうできるものではありません」


 交易団の団長――テモメヤ男爵家の文官はそう言って断り続けているのだが、カンヤーツ子爵はやれやれと頭を振ると、子供に言い聞かせるような口調で告げる。


「勘違いしてもらっては困る。いいかね? 私は交渉しているのではない」


 そう言って、ちらりと視線を向けた。

 それを合図に、団長達の背後で壁を背にして立っていた屈強な護衛達が二人の身体を押さえつけると、副長の腕をテーブルに固定した。そして手の甲にナイフを突き立てる。


「ぐぁっ」

「な、何を……!?」


 突然の蛮行に驚く団長。彼の髪を掴み上げたカンヤーツ子爵は、血走らせた眼を見開いてまくし立てる。


「三度だ、私は三度命令したのだ! なのに何を断っている貴様っ! 二度までは赦そう……そう、二度までは儀礼……儀礼だ。高貴な存在の慈悲に対する遠慮と謙遜で固辞するのが習わし……だが三度目は断ってはならぬ! それがなぜ分からないのかこの田舎官吏風情がっ!」


 そんな事を喚きながら団長の頭をテーブルに置かれた契約書の上に叩きつける。


「さあ署名しろ! 次断れば、その都度そちらの男の指を一本ずつ切り落としてやる!」

「なんと横暴な――このような所業、領地間の問題になりますぞ!」


 一領主が隣接する同胞の領地から借り物の高価な魔導製品を強奪しようとするなど、前代未聞の不祥事として王宮にも報告が行くはずだ。

 そう警告する団長に、カンヤーツ子爵は鼻で笑うように言う。


「ハッ 棄て地のゼイラーロフと何が問題になると言うのだ! そもそもハイスークのような辺境の蛮族が、川もないのにあのような船を持っているというのがおかしい! 王宮だと? あのボンクラ王に何ができる! 王――奴が王などと……!」


「カシナート様」


 喚くようにヒートアップしてきたカンヤーツ子爵に、部屋の隅で控えていた執事風の男が寄ってきて薬瓶を差し出した。

 それを受け取ったカンヤーツ子爵がおもむろに口に含むと、感情の昂ぶりが収まったようだ。


「実母が前王の寵愛を受けていた、それだけで我々を差し置いて王位を譲り受けるなど……っ!」


 それでも現国王に対しては大いに不満があるらしく、ぶつぶつと愚痴をこぼしている。



 カシナート・ヤハク・カンヤーツ子爵は、現国王の何番目かの弟にあたる王族の血筋で、彼は王子殿下だった時代から権力志向が強かった。


 当時、王太子として活動していた現国王にも何かと突っかかる事が多く、即位してからはあからさまに距離をおかれている。


 王都の近くに領地を構えられたのは、下手に僻地になど追いやると彼の支持者達が結託して反逆でも起こされては堪らないと、現国王派の貴族達が即位したばかりの王を説得して、目の届きやすい位置に監視の意味も兼ねて押し込めさせた。


 カンヤーツ子爵は、テラコーヤ王国が拡大路線をとっていた頃に台頭した家々との結びつきが強く、支持者は武闘派とされる貴族ばかりだ。


 戦乱が一段落した平和な時代でなければ、苛烈な性格のカシナートが王太子に選ばれていただろうと、彼の支持者達の間では囁かれている。


 凡愚な兄王から玉座の簒奪を狙う。自身の支持者達と日々そんな野望を滾らせているカンヤーツ子爵にとって、王国功労賞やら大舞踏会などのお遊びにかまけている暇はない。


 ゆえに、彼はハイスーク領のイレギュラーダンジョンや、ゼイラーロフ領の現状を、正しく把握できていなかった。




 オーテイアの領主の屋敷地下で、ゼイラーロフの交易団長が魔法契約を結ばされそうになっていた時。

 そのオーテイア領でのトラブルを伝えるべくゼイラーロフ領に向かっていた若い護衛役は、突然の奇襲攻撃を受けて負傷しながらも、夕刻の川沿いを走っていた。


 追手の人数を考えると、木々もまばらな林に身を隠すより一刻も早くゼイラーロフ領に辿り着く事が最善手と判断した。


「ふう……ふう……こいつを持ってきて正解だったぜ」


 オヤツ代わりに懐に忍ばせていた迷宮産果実を齧りながら一定の速度を保ち走り続ける。果実の効果で体力は常に回復し、傷も少しずつだが塞がり始めていた。


 追手が短期決着型の暗殺者集団だったのも幸いした。若い護衛役が最初の奇襲を凌げたのは、ハイスーク領で『穢れ山迷宮ランド』に通って鍛えていた事も大きい。


 襲撃者達もまさかゼイラーロフのような貧乏領地の、貧相な装備しか持たない形ばかりの護衛役らしき若者に『必殺の一撃』を防がれるとは思っていなかったようで、追撃が遅れた。

 驚きと戸惑いによる一瞬の硬直。その隙を突いて全力離脱を試みた若い護衛役は、十分な距離が取れたのを確認してこの持久走に入ったのだ。


 これだけ離れていれば投げナイフは届かないし、短弓も射程外である。


 姿を晒して追って来る人影は三人。一定の速度でじりじり追い付こうとしている。

 時折、脇の林の中を猛ダッシュして先回りしようとする別動隊が圧力を掛けてくるが、その都度こちらもペースを上げて回り込ませない。


 そんな攻防を繰り返しながら陽が沈む頃まで続いたマラソンは、前方に魔鉱石の明かりが見えてきた事で終わりを告げる。


「まずい、もうゼイラーロフ領だ」

「まさか手負いでここまで走りきるとは」

「あのような手練れが交じっていたのは想定外だったな。街に入られる前に仕留めるぞ!」


 終点が見えた事により、後がなくなった暗殺者達は温存していた体力と武器を全てつぎ込んで若い護衛役を仕留めに掛かった。


 全員が一気に距離を詰めるべく速度を上げると、それぞれ飛び道具を手にする。

 数に限りがあり、外すと回収に時間を食う為、道中では使わなかったそれらを切り札としてここで投入するのだ。



「おっと、こいつあヤバいか?」


 追手の動きが追跡から攻めに転じた事で、確実に仕留めに来たと悟った若い護衛役は、残った果実の欠片を呑み込んでラストスパートに入る。


 堤防沿いの道まで逃げ込めれば、異界化地帯の効果で善良な領民には回復効果や移動速度上昇の恩恵があり、邪悪な存在や敵対勢力には行動阻害のデバフが掛かる。

 とにかくゼイラーロフ領内にたどり着ければ何とかなる。若い護衛役はその一心で走った。



 暗殺者集団がそれらの事情をどこまで把握していたかは不明だが、ここまで追って来た獲物(若い護衛役)がゼイラーロフ領を前に安心したのか、単調な走りになったのを見計らい、飛び道具を放った。


 直接攻撃する弓やナイフではなく、まずは足元に絡まる捕具の分銅縄を投げて動きを止める。左右に軌道をずらしながら走られると簡単に躱されてしまうが、ただ真っ直ぐ走っている相手には当てやすい。


 三人が投げた分銅縄のうち、二つが脚に絡まって転倒する若い護衛役。


「よしっ 仕留めろ!」


 短弓と投げナイフを構えて待機していた残りの暗殺者メンバーが狙いを定めようとして――前方から迫る白い線のような何かに貫かれた。


「!?」

「なん……っ!」

「――がは」


 次々と倒れ伏す部下達と、突如舞い散る水飛沫に、暗殺者集団の隊長は何事かと目を凝らす。先程通り過ぎた白い線のような、謎の攻撃の出所を見定める。


「……?」


 倒れている若い護衛役のすぐ近く。堤防沿いの道脇に並ぶ魔鉱石の街灯の隣に、太い石柱のような物体が立っていた。




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