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見捨てられた土地、ゼイラーロフ領。ここで暮らす民達は貧しいながらも、自分達と一緒になって畑を作ったり、建物の修繕を手伝ったりしてくれる領主を慕っていた。
その領主であるテモメヤ男爵から、『近々環境に大きな変化が起きる』と伝えられて十数日経ったある日、街というか村というか、居住区のある一帯に水を噴き出す謎の石柱が生えた。
周囲一帯に水を撒いて消え去り、また別の場所に生えて水を撒く謎の石柱を、領民達は不思議そうに眺めていた。
あれは一体何だろうかと、井戸端会議のように集まって話し合う住民達。彼らの中でも、情報通で知られる住民の一人が語った。
「なんでもよ、領主様がダンジョンを誘致したって話だ」
「なんだそりゃ」
「ダンジョンって、誘致できるものなのか?」
そこで、西の辺境ハイスーク領の特殊なダンジョンが話題に上がる。
「そういえば、王都でも冒険者の間で噂になっていたな」
「へぇ~、それじゃあここも豊かになるのかも?」
「ハッ この土地は今さら何をしたって変わらないさ」
若者らが現状からの脱却を期待する一方で、諦めの多い熟年者は下手に希望を抱かないようにして、上手く行かなかった時の精神的ダメージ軽減に努める。
達観している年配者は、終始穏やかな笑みを浮かべて居眠りしている。
そんなほのぼのとした雰囲気の中、遠くで誰かが叫んでいるような声が聞こえた。
「なんだ?」
「なんか騒いでるな」
「川の方でなにかあったらしい」
「おい、行ってみよーぜ!」
元気な若者達が駆け出し、やれやれ感を醸し出している熟年者も様子を見に腰を上げる。問題が起きているなら早めに対処しなくてはならない。
居眠り中の年配者を残し、彼らは住民が集まっている川の方へと向かった。
「おいおい、なんだこりゃ」
異変が起きている事は、遠目からもすぐに分かった。川沿い一帯がまるで水路のように石で固められ、堤防として整備されている。
「うおーーすげぇーー!」
「これなら川が荒れても洪水を防げるな」
「川岸が崩れる心配もない」
凄まじいのはその長さで、川沿いに遥か遠くまで続いていた。
「これ、どこまで続いてるんだ」
「見てこよーぜ! 俺上流な」
「じゃあ僕は下流を見てくる」
この石の堤防が、川の上流と下流のどの辺りまで続いているのか。二つのグループに分かれた若者達は、それぞれ堤防に沿って走りだした。
街中の住民達が集まった頃、堤防の端を調べに行った両グループが戻って来た。
「すげーよ! 隣の領の石垣まで続いてたぜ! つーか途中で道ができたんだけど?」
「こっちもだよ。ヤンジア領の治水工事跡まで続いてた。あと、堤防脇の道もそうだけど、途中で川に下りられる階段も増えてたよね」
ゼイラーロフ領の端から端まで、川沿いは全て石の堤防で覆われていた。
さらに、堤防に沿って広い道が敷かれており、等間隔に階段が設置されている。水量が低いときは川べりまで下りられるようになっていた。
「あ! またなんか増えた!」
大地の異変は今も続いており、街に近いこの場所で川幅がかなり広くなっている辺りには、川の中ほどまで丈夫そうな突堤が浮かび上がるように設置された。そこから立派な桟橋が伸びる。
「船の係留に便利そう」
「釣りもできそうだなっ」
「――って、おいアレ」
突然湧いてきた突堤と桟橋に唖然としながらも注目していた熟年住民が、思わず指差した先。
「船だ!」
「またいきなり増えた!」
街に二艘しかなかった船が増えている。それも、継ぎ接ぎだらけだったボロ船が消えて、新品にしか見えない立派な小船が並んでいた。
突堤を渡り、桟橋まで駆け付けた彼らが船を覗き込むと、傷みまくっていた古い漁具も新しくなっていた。増えた船それぞれに積まれている。
「やった、漁に出られる」
「魚がとれるぞ!」
食料が増えると喜ぶ住民達は、皆でわいわい言いながら新しい船に乗り込んでみたり、漁具の使い心地を確かめた。
「あれ? この船、オールがないけどどうやって動かすんだ? 竿か?」
船の縁をぺたぺたしながらオールを探す若者達の声に、漁師の技術を持つ熟年者は漁具を置いて船の備品がありそうな箇所に目を向ける。
そこに、とある装置を見つけて顔を強張らせた。
「おっちゃん、あったか?」
「いや、違う……推進機が付いてる――こいつは魔導船だ!」
「「「は?」」」
大領地の上流貴族や、大きな商会くらいしか持っていない、小型の魔導船。そんな超高価な船が、十数艘は並んでいる状況に、熟年者は先程までの浮かれていた気分が吹き飛んだ。
「それって、すげーのか?」
「……これ一艘で王都に家が建つくらいだ」
「やべーじゃん!」
すげー通り越してやべーわと笑う怖いもの知らずな若者はさておき、熟年者はこんな貧乏領地で魔導船のような高級艇を乗り回して大丈夫なのかと肝を冷やしている。
しかし、衝撃はさらに続く。
突堤から伸びる桟橋の中でも、特に大きい桟橋から何かがにゅるりと出て来た。住民達が唖然と見つめる先に着水したのは、中型の魔導運搬船だった。




