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テラコーヤ王国の西側。ハイスーク領もある辺境方面でいくつかの小領地を領域化接続したものの、そこの領主の意向により、領域化地帯は屋敷や庭園を含めた敷地内に留まっている。
街の方まで異界化領域にするのにはまだ躊躇いがあるようだが、彼らの不安はダンジョン環境に対してではなく、その環境を受け入れた事を上流貴族の諸侯に知られた場合に対して。
大領地派閥の四家に睨まれたり、隣接する他所の領地から何か言われやしないかという不安だ。
なので、ハイスークとの同盟契約を結んだ他の領地の様子が明らかになり、皆の状況が大々的に知られるようになるまで、領地の異界化は小規模に抑えておきたいという考えのようだった。
街づくり好きな迷宮核は、彼らの要望に従ってその領地の起点となる領主の屋敷を領域化した環境下で補強したり、快適な暮らしを送れるように設備を追加したりして着々と下準備を整えた。
そんな中、王都カンソンの近くにある小さな領地は、積極的に異界化領域を広げての領地改革を目論んでいた。
ゼイラーロフ領という、王都の防壁が遠くにうっすら見えるくらいの位置にある平原地帯なのだが、王都に近い立地にもかかわらず、辺境の集落かと見まがうほど寂れている。
このゼイラーロフ領には、大領地である『トーテイフ領』を抜けて海に繋がる大きな川が流れており、昔はよく氾濫を起こしていた。その影響で、ゼイラーロフ領の一帯は地盤が緩い。
近年、両隣の中規模領地『オーテイア領』と『ヤンジア領』が川の治水工事をしてくれたおかげで、どうにか畑が作れるようになった。
が、それも領民がギリギリ飢えない程度に芋が採れるくらいで、税収などないに等しい。
当然、王都に納める税も滞り気味。大きな借金だけは作らないように踏ん張っているものの、今のままでは運営が破綻して領地の返上もあり得る。
そんなゼイラーロフ領にとって、ハイスーク領主からの同盟の打診は、起死回生の領地改革に繋げる希望であった。
ハイスーク領の大舞踏会で経験したダンジョン環境下での生活は、ゼイラーロフの領主一家に強い憧れと期待をもたらした。
「お、なかなか大きい実をつけたな。これなら菜園をもう少し広げても良さそうか」
「庭でお野菜が採れるのはいいとして、例のアレはいつ来るの? お父様」
領主館の庭園で畑の手入れをしているゼイラーロフの領主――テモメヤ家当主である父親に、令嬢らしからぬ農作業服姿の娘が、収穫を手伝いながら訊ねる。
「どうかなぁ。ハイスークに近い地域の領地には、もう来ているという話だけどね」
うちは王都に近いという立地上の問題で、他より少し時間が掛かるらしいと、ハイスークの領主から前もって聞かされている。
領主館の脇、庭園の隅に挿してある石杭を見やったテモメヤ家当主は、もうそろそろ来るんじゃないか? と、昨日と同じ事を言って娘に溜め息を吐かれた。
「しかし、ダンジョンに繋がってもすぐにハイスーク領のようになるわけじゃないよ?」
「分かっているわ。その領地の発展具合によるそうね」
大雨が降れば荒れる川と、泥濘んだ平原しかないゼイラーロフ領は、発展の欠片も見当たらない有様だ。
ダンジョンと繋がる事で、まずはその取っ掛かりを掴みたいというのが、テモメヤ家当主の目論見である。
その時、地面が微かに揺れ始めると、庭園の隅に挿してあった石杭が光を帯びて伸び上がり、箱型の台座に変形した。
「! 来たかっ」
「繋がったのね!?」
収穫した野菜の籠を持ったまま、光る石の台座に向かう当主と娘。外の騒ぎに気付いた妻と息子が、様子を見に領主館から顔を出す。家令と使用人達も庭園に出て来た。
「旦那様、今の揺れは――」
「ハイスークのダンジョンが来たようだ。向こうに送る書状を取って来てくれ。あと、これを頼む」
家令に執務室からハイスーク領主宛ての感謝を綴った書状を取りに行かせる領主は、ついでに収穫した野菜を厨房に届けてもらう。
石の台座には、光る文字で『ゼイラーロフ領に接続完了』と記されていた。
※ ※
ハイスークの領都を始めダンジョンの領域化した各街や村の管理と、同盟契約を結んだ他領地――こちらはまだほとんどが領主の屋敷までしか領域化していないが、それらの管理も元穢れ山の中腹の魔核と西の森の魔核に任せた街づくり好きな迷宮核は、領地全域にダンジョンの領域化を希望している同盟領地を自ら視察する。
「おや? ゼイラーロフ領って、大舞踏会の時にハイスークに一番乗りしたところか」
少数編成の馬車隊で領域化街道のサービスエリアに入って、最初にインスタント休憩宿を利用した貴族一家だ。
彼らが領域化街道に入った時に吸収できた魔素量がなかなかに大きく、領地の場所も王都の近くという事で、中堅貴族と判定していたのだが――
「これは酷い」
同盟領地の中でも最後に接続したこのゼイラーロフ領の状態は、荒れているとか寂れているというよりも、見捨てられているといった表現がしっくりくる有様だった。
辺境の貧しい集落群の方がまだまともな街に思えるほど、ゼイラーロフ領には何もなかった。
ここの領主であるテモメヤ男爵の希望に従い、大至急、水撒き柱を使って領域化地帯を拡げているのだが、まずろくに建物も無い。
もとは石造りの建物だったのであろう瓦礫の跡に、廃材を寄せ集めて壁や屋根を補強した家で暮らしている人々が殆ど。
重い病を患っているような者こそ見ないが、全体的に栄養不足で不健康な領民ばかりだ。
「これ、土地のスペックは悪くないのかな」
奇妙なのは、領地の状態の割にこの一帯の土地から得られる魔素の量は比較的高めである事。領域化した地面を調べてみたところ、地盤は脆いが土壌はなかなか肥沃な大地だった。
領地を横断する川が、近年まで度々氾濫を起こしていたという話だったが、どうやらその洪水がこの土地に栄養を運んできていたらしい。
今後も洪水が続いていれば、それらも流されてスカスカな土地になっていたかもしれない。今はちょうどいい感じに堆積した状態で納まっているようだ。
「これなら土地に適した作物がすぐ育ちそうだな」
一番の問題が川の氾濫で、そのリスクがあったが為に長年、畑が作れない状態が続いていた。ろくに建物が無いのは、洪水で全て押し流されたから。復興しようにもその金が無い。
テモメヤ男爵も領民の為に頑張ってはいたようだが、毎年のように水害が起きるゼイラーロフ領に対し、王室はあまり支援をしてくれなかったらしい。
見捨てられている領地と感じた通り、ここには支援するだけ無駄と判断された可能性もある。
「よしよし、概ね方針は決まった。まずは川の周辺から固めていくかなっ」
『……楽しそうだな』
街づくり好きな迷宮核が西の森の近くで最初の村に手を付けていた頃のようなテンションで魔素を練り始めたのを見て、西の森の魔核はジト目な雰囲気を向けながら声を掛ける。
「ああ、楽しいな。新しい街を作り始めるのは何度やっても楽しい。近くに比較対照できる現地の街があるのもいいな。ここからどんどん発展させる領地シミュシチュもなかなか悪くない」
『お前が何を言っているのか、私には分かりかねる』
すごい早口でまくし立てられ、最後の方は異界の言葉なのか意味を読み取れなかった西の森の魔核は、それでも迷宮核の気持ちが分かるような気がして、自身の思考を訝しんだ。
「とりあえずサービスエリアで彼ら用に作ったプリセットの屋敷ドーン!」
領域化で取り込んだ領主館があまりにもボロボロで貧相だった為、隣にインスタント休憩宿として作った屋敷を生やしてプレゼントしておいた。
本日からここを拠点に、ゼイラーロフ領を改革、栄えさせていく。




