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ハイスークの新領都にて、数日間にわたって行われた大舞踏会は、無事最終日を迎えた。明日からは順次、参加者達は自分の領への帰路に就く。
大きな領地の領主は予定通り戻らなければ領地の運営に支障をきたすので、名残惜しみつつも新領都を出発していった。
一方、ささやかな領地を治める弱小貴族の領主一家は、ぎりぎりまで滞在してハイスーク領都の観光を楽しんでいた。
そんな中、ハイスーク城の応接室では、先日の特別アンケートで『派閥に参加するし、ダンジョン環境による生活サポートも受けたい』と答えた領主が呼ばれて、個別に面談が行われていた。
「それでは、我が領地にハイスークのダンジョンが繋がると、いう事ですか」
「うむ。うちの変わり者のダンジョンは話の分かる奴だ。きっと損はさせない」
ダンジョン環境の恩恵がどれだけ受けられるかは、その土地の発展具合による。
多くの人が住まい、訪れる街。土地や人々が元気であればあるほど、ダンジョンは活動の力を得るのだと説明する。
「そうなのですか? 私はあまり詳しくはありませんが、ダンジョンは瘴気と魔力溜まりで発生して、成長に伴い瘴気を吐き出し魔物を生み出すと聞きましたが」
「普通はそうなのだがな。我が領都を見てもらえば分かるとおり、うちのダンジョンは瘴気を浄化して魔物や魔獣を寄せ付けぬようにする。人が住みやすい環境をつくるのだ」
だから心配はいらない、と、ダンジョン環境の恩恵は欲しいが未知の存在であるダンジョンに不安を募らせ、あと一歩踏み出せないでいる領主達を説得するハイスークの領主。
この話し合いで相手がダンジョンの受け入れを決意すれば、正式に契約を交わして特殊な石杭を渡す。
「この杭は?」
「それを屋敷のそばでも庭でも構わないので地面に挿しておけば、そこを目印に地下から上がって来たダンジョンが繋がるようになっている」
ダンジョンと繋がれば、領主の屋敷一帯がこのハイスークの新領都と同じような環境になるので、そこから先は自領の発展次第で生活サポートの質と範囲が定められる。
「あと、ダンジョンと繋がれば転移陣での行き来もできるようになる」
「!っ そ、それはまた……」
もちろん、できるからといって安易に他領と繋がる転移陣を設けるようなわけにはいかないので、本当に必要な場合に備えて事前に取り決めをしておく必要があるだろう。
こうして王都の周辺や、ハイスークと同じく辺境に領地を持つ何人かの領主と同盟契約を結んだハイスーク領主は、今まで力を入れてこなかった派閥組織の下地を作り上げた。
「さて、後はイレギュラーダンジョンの意思が上手くやってくれるだろう」
「お疲れさまでした」
予定していた全員との面談と交渉を終えて一息吐いている領主を、側近が労う。予想以上の成果を得られて、二人とも思わず笑みをこぼす。
ダンジョン環境の生活サポートによる快適さと利便性は、ここで慣れてしまえばもはや手放せないだろう。
それも、大領地を治める裕福な上流貴族よりも、末端の貧乏な弱小貴族達にこそ、その傾向は強く出ると予測していた。
上流貴族層はもともと普段からあまり不便を感じない生活をしているので、主に使用人の負担が減るくらいで、領主一家の興味は鑑定テーブルや鑑定カップのような魔道具に向けられる。
一方、その使用人すら最低限の人数しか雇用できない弱小貴族にとっては、使用人の負担が減ればその分の労力は屋敷の雑務や自分たちの世話に回される。
これまでのように、貴族とは名ばかりのような生活から、ようやく名実ともに貴族らしく立ち回れる環境に身を置けるようになるのだ。
「次の王国功労賞が楽しみだな」
「その時が本当の意味で茶番の終わりですか。しかし、皆さん残念がるでしょうね」
次回の王国功労賞まで、序列一位のハイスーク領主はテラコーヤ王国内で絶大な発言力を有する。
国王の方針にまで口を出せるようになるので、大領地派閥の四家に邪魔される事なく、自身の味方を増やす活動を進める事ができる。
そうして十分に派閥を強化しつつ、次の王国功労賞では大領地派閥四家以下の序列に抑えるつもりであった。
以降は、序列一位を取るつもりはない。
「我が領の大舞踏会を経験した後では、どう頑張っても物足りない催しになるだろうさ」
「それこそが、長年のつまらない嫌がらせと茶番に対する意趣返しですね」
ハイスーク領での大舞踏会は、参加した者達の間で『伝説の舞踏会』として語り継がれるだろう。
そして、それらを懐かしむ頃には、功労賞による序列の威光が意味を成さない環境になっている予定だ。
(国内に異界化領域を点在させ、新領都の城下街と遜色ない水準まで発展させる)
領地の異界化を受け入れた全ての地域を転移陣で繋ぎ、流通を加速させれば、何の特産品も資源も持たない弱小領地であっても、物資と人材の往来が増えて経済が活性化する。
その領地の売りは、後々ダンジョンと関わるものが出て来る事になるだろう。
「ところで、西端の森の護りはどうなっている?」
「現在、地下施設で鍛えた精鋭が例の村に居住する形で目を光らせています。王都からの密偵がちらほら探りに来ているようですが、今のところ森への侵入は全て防げているかと」
「そうか。あとは教会が動けば完璧だな」
「聖域認定ですか……動きますかね?」
表向きの十分なお布施と、秘密のお土産も大量に送り付けている。教会の庇護下に置いてしまえば、国王を含め他国もおいそれと手出しできなくなるはずだ。
今のところテラコーヤ国から抜ける事にメリットは少ないが、このまま同盟契約者を増やしていき、将来的にはハイスークの独立も視野に入れて領地運営の舵取りをしていく。
「そのうち王都の教会本部がこっちに移って来るだろうからな。本番はそれからだ」
「はぁ……テラコーヤ王国の少々栄えた一辺境領地として、穏やかに過ごしていくわけにはいきませんかねぇ」
言葉に出さないだけで、完全に下克上を狙っている領主の意気込みに、側近は溜め息を吐きながら平和路線を説くが――
「無理だろ」
いい笑顔で一言そう返され、側近は諦めと共に納得もするのだった。
(確かに、このイレギュラーダンジョンが在る限り、誰もが妬み、羨み、手を伸ばす)
ハイスーク領が内輪だけに留めておこうとしても、ダンジョンが生み出す恩恵は隠し通せるものではなく、富に群がる人々は周囲を巻き込んでの争いを演じるだろう。
その混沌の中で生き残り、勝ち続ける為には、騒動の中心で在り続ける事。誰かの戦いに巻き込まれるのではなく、常に巻き込む側である事だと、ハイスークの領主は考えていた。
「この先十年、二十年先を見据えるなら、今のうちに信頼できる戦力も揃えておきたいな」
「戦力よりも先にお世継ぎのほうを何とかしてもらえませんかねぇ」
ずっと目をそらし続けてきた問題を突き付けられ、さらに目をそらしたハイスーク領主は、一周回って向き合った。
「そうは言ってもな、相手が必要な事だからな。優秀な人材を養子に迎える方向でも構わんと思うが……」
「今から目に付く『優秀な人材』など、全て王家と四家の紐付きですよ」
「令嬢だってそう変わらんだろう」
「少なくとも、生まれる子供の所属はこちらになりますけどね」
後継者として育成する期間も考えると、早い方がいいと急かす側近に、ハイスーク領主はげんなりしながらも、確かに避けては通れない問題である事も承知していた。
「はぁ……、イレギュラーダンジョンが良い感じの嫁さん用意してくんねーかな」
「現実逃避ぶりにも程がある」
しがらみ調整が糞めんどくさいと、領主の威厳をほっぽり出してぼやく悪童モードの領主に、幼少の頃から付き合って来た昔馴染みの側近は、とりあえず婚姻の申し出がある家のリストを用意した。
「ほら、釣書に肖像画も付いてますよ」
「釣書の肖像画は実物との齟齬がなぁ。あ、これとこれ、同じ奴の作品だな」
ぶつくさ言いながら令嬢の肖像画をカードのように並べては、画家当てゲームを始める領主に、側近は溜め息を吐きながらも『確かに眼の処理が同じですね』などと付き合うのだった。
ちなみに、この日の業務の一環で『イレギュラーダンジョンに用意して欲しいもの』をまとめた依頼の手紙を交流用の穴に投函する際、領主が冗談で『良い感じの嫁さん』と書き足したところ――
『合成獣になるけどいい?』
――という返事が来たので、慌てて『嫁さん』の依頼部分は取り消された。
「……ちょっと見てみたかった気もするが」
「いや、ホントに勘弁してください」
※ ※
大舞踏会の催しが終わったあと、街づくり好きな迷宮核は、ハイスークの領主が同盟契約を結んだ相手の領地に領域化地帯を繋ぐべく、シールドマシン型ゴーレムの準備を進めていた。
現状でも概ねの方角は分かるが、正確な位置を割り出すには、座標を示す石杭を地面に刺してもらう必要がある。
王都周辺の領地に寄せる時は、特に気を付けなければならない。王都のダンジョンがあるので、うっかり繋いでしまわないよう慎重に掘り進めていくのだ。
「スタートが領主館からってのも中々懐かしい感じだな。領地ごとに街のデザイン変えていくのも面白そうだし、どんなテーマでいこうかな」
新しい街をつくるのが楽しみな迷宮核は、建物の配色や形式を統一したり、水辺が近くにあるなら街中に船を浮かべられる水路を引いてみるなど、色々なアイデアをまとめていた。
『そんなに飛び地を増やして、誰が管理をするのだ?』
「一応地下で全部繋がってるんだから問題ないでしょ」
他の領地ではハイスークの領都のように複雑なギミックを敷くわけではないので、領域化街道の延長のような扱いで十分だ。
「やったねマッキー、庭が増えるよ」
『なんだそれは』
やたらテンションの高い迷宮核に、誰がマッキーだとツッコむ西の森の魔核は、これから増える予定である地上の街型ダンジョンを効率よく運営するべく、管理体制の見直しを図る。
当初は大舞踏会の準備期間中にのみ、一時的な管理を任されていた西の森の魔核だったが、街づくり好きな迷宮核が構築したダンジョンの管理システムは非常に分かりやすく、洗練されていた。
故に、西の森の魔核は自身のダンジョンの管理に楽しみを感じるようになっていた。ちなみに、中腹の魔核や麓の魔核にも扱いやすいと好評である。
「UIは使いやすくないとな」
『ゆーあい?』




