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この世界で稀に発生し、貴重な魔力の源にもされている『魔核』。常に拡大と成長を望む魔核は、自らを護りながら成長の糧である魔素を収集する『迷宮核』を生み出した。
本来なら地下深くに顕現し、十数年かけて力を蓄え、ダンジョンを形成して獲物を呼び込むのがこの世界の迷宮核に求められる基本的な役割と動きになる。
――だが、何処かの世界から呼び込んだ『街づくりを渇望する魂』を宿らせた結果、迷宮核は迷宮を作らず地上に顕現して、無防備な魔核と並んで鎮座した。
「おお、大量の魔素が入って来るじゃん」
生命溢れる地上には、多くの魔素が大気の流れに乗って漂っている。
地下深くでも強い魔物の骸が埋まっている場所などには大量の魔素が含まれていたりする場合もあるが、そこに辿り着くのは迷宮の拡張によるその区画の取り込みが必要だ。
魔核と迷宮核は基本的にその場所から動く事は無いので、己が安全を護りつつ魔素を吸収する範囲を拡げていくのが、本来のダンジョンの在り方である。
いきなり地上に置かれて諦めの境地に至りかけている魔核は、最初はダンジョンマスターになる事を拒絶していたこの街づくり好きな迷宮核の魂が、活発に動き始めるのを疑わし気に見ていた。
「まずは水の生成からだ」
枯れた泉に水を生成してすり鉢状の窪みを満たしていく。魔核と迷宮核は泉の底に水没したが、特に支障はない。
迷宮核が生成した水で埋められた泉は『迷宮の泉』となり、ここを中心としたダンジョンが生まれた。泉しかない、迷宮ですらない地上のダンジョン。
泉と隣接する地面が取り込まれ、ダンジョンの領域が少し広まる。
「で、ここはセーフゾーン指定だな」
そこそこ育ったダンジョン内には、生み出した魔物を近付けないようにした安全地帯を設定している場合が多い。そうする事で、侵入者達は安全地帯がある場所まで潜ろうとするようになる。
活きの良い生物をダンジョン内に長く滞在させれば、それだけ魔素の吸収も捗るのだ。
森の中に生み出した『迷宮の泉』しかないダンジョンの泉周辺を安全地帯に設定した事で、魔核や迷宮核の気配に怯えていた森の動物達が、安全に飲める水を求めて近付いて来る。
「よしよし、この調子で魔素の吸収エリアも拡げてポイント爆速で貯めていくぞ」
魔素から生み出されて枯れる事のなくなった豊かな水場。この安全地帯を中心に、ダンジョンの領域を薄く広く、周囲の森全域へと拡げていく。
迷宮部分が無い為に、領域内と領域外の境界が曖昧なまま拡がっていく街づくり好きな迷宮核のダンジョンは、誰にも気付かれること無くこの広大な森を呑み込んでいった。
※ ※
ダンジョンに変貌しつつある森から少し離れた場所にある小さな村にて。
軒先で弓の手入れをしている年老いた猟師が、これから森に向かおうとしている村の若者達を見やりながら思考に耽る。
最近、西の森の様子がおかしい。
彼が子供の頃は多くの動物が住まい、木の実や果物、薬草もよく採れる豊かな森だった。
しかし十年ほど前、森の奥の泉が枯れてから徐々に動物も少なくなり、他所から流れて来た魔獣が住み着くなどして危険が増え、森から得られる恩恵も失われていった。
近年まで薪にする木の伐採くらいでしか森に入る事は無くなっていたのだが、このところやけに動物の気配が多く感じられる。
そんな森の変化について考えを巡らせていた時、村の入り口が騒がしくなった。
「奥の泉に水が戻ってる!」
森に入っていた若者達がそう告げながら、そこで狩ったという大物を自慢している。
年老いた猟師は、本当に枯れた泉が復活したのか、また別の泉が沸いたのか、直接確かめるべく重い腰を上げた。
森に入って暫く進むうち、老いた猟師は違和感を覚えた。森全体に感じる気配がおかしい。
常に何かの視線を浴びているような、大きな生き物の傍に居るかのような、自然の森らしからぬ存在感に警戒心を抱く。
やがて森の奥にある開けた場所に出ると、そこには満々と水を湛える泉があった。周囲には水を飲みに来た小動物の姿も見える。
「これは……地下で大きな水脈にでも繋がったか?」
老いた猟師の記憶にあるここの泉は、もっとこじんまりとしてささやかなものだった筈だ。
助走を付けて跳べば子供でも越えられるほどの、湧き水から広がった小さな泉が、今はちょっとした池ほどの大きさになっている。
そして、この一帯を覆う空気が妙に清浄なのもおかしい。泉の縁に屯する動物達が、老いた猟師の姿を見ても逃げ出さない。まるで聖域のような場所に感じる。
ここには特別な何かがある。老いた猟師は急いで村に戻ると、村長に相談して明日にでも街の教会に報せるべきだと動き出した。