16 領主サイド【中編】
領主達が案内されたのは、現在この街の行政を取り仕切っている『仮の街長』に与えられた屋敷だった。
「ふむ。屋敷というか、行政施設ってところか」
「これはまた……」
外観は他の建物群と同じく石造りの立派なものだが、どことなく居住用の建物ではなく、仕事をする為の建物といった雰囲気があった。
中に入ると、連絡を受けていた『仮の街長』役の人達や使用人達に出迎えられる。
「おおっ、領主様」
「お待ちしておりました」
街の運営知識を持つ商人や、管理業務の経験者でもある元貴族家出身の冒険者達がこの街を取り仕切っていたらしい。
彼らからこの街と、現状について詳しく報告を受けた――のだが、初手から領主の理解の斜め上をいく報告がなされた。
「まて、ダンジョンが集金をやっているのか?」
「はい。各施設や設備の利用料を徴収されています」
宿泊施設の他、店舗施設を利用している商人達は、売上の一部を納めている。集金用の穴があるので、そこに投入しているのだとか。
「そして、こちらがダンジョン側から納められる予定の税金となります」
「はあ!?」
金貨の詰まった袋を並べられて「なんじゃそりゃ」と困惑する領主。
「ダンジョンが意思を示す石板には、正確な税額が分からないので徴税官を寄越して欲しいという要望が綴られておりました」
一応、この金貨はスクールの街の税率を参考にしているのだとか。
「……」
そんな街長役の商人の説明に、側近が思わず沈黙する。確かにこの街を見た時、徴税に関する問題を考えはしていたが、まさかダンジョンがそんなところまで考慮しているとは思わない。
単に人間に友好的というだけでなく、人の治政に精通しようとしている事実に、側近は本能的な危機感を覚えた。ダンジョンによる人間の支配や権力への干渉を幻視する。
「あー、とりあえずそっちは後回しだ。穢れ山のダンジョンの方はどうなってる?」
ハイスークの領主は、街の統治に関しては上手く回っているなら一先ず現状のままでよいとすると、ここに来た主目的である穢れ山ダンジョンについて訊ねた。
今のところダンジョン同士の喰い合いは起きておらず、穢れ山ダンジョンは普段通りで、この街を作ったイレギュラーダンジョンも大きな動きはみせていないとの事だった。
「ふむ。しばらく様子をみるか……」
街の状況やイレギュラーダンジョンについて詳しく把握する為、領主は連れて来た正規軍と共にこの街での滞在を決めた。
街長役の商人に対しては、領主から正式にこの街を取りまとめる代官の地位を与える。恐縮しきりな商人は、預けられた代官の印章を大事そうに仕舞うと、恭しく業務に戻っていった。
後の案内はこの屋敷に勤める使用人達に引き継がれる。
領主と側近と護衛の騎士達は、屋敷に隣接する別棟に設けられている宿泊用の豪華な客間に通された。使用人達の宿舎も、別にあるようだ。
「王都の別邸よりいいぞこれ。照明とか全部魔鉱石ランプじゃないか? 王宮の客室でもここまではやらんぞ」
「確かに、各種水回りの施設に空調設備まで整っているようですね。それよりも――」
側近は声を潜めると、イレギュラーダンジョンが思ったより危険かもしれない旨を指摘した。今後の動きについて、領主と認識を詰め合っておく必要性を感じたようだ。
「考え過ぎじゃないか? 王都の例もあるんだし」
「しかし、王都のダンジョンはあくまで管理された通常の巨大ダンジョンです」
ここまで明確に人間の社会に溶け込もうとするような、能動的に動くダンジョンなど流石に警戒心を持たざるを得ないというのが側近の意見だった。
「こっちのルールに合わせてくれるなら歓迎だ。まあ一応、鑑定士は呼んでおくさ」
「そうですね……思考誘導や洗脳効果の有無は絶対に確認必須でしょう」
考え過ぎるネガティブ思考寄りの慎重な側近に対し、ポジティブ思考気味で突き進める領主という幼少時代から馴染みの二人は、割とよいコンビであった。
ハイスークの領主が、穢れ山ダンジョン前の冒険者の街に滞在するようになって数日。この街に関する情報も十分に集まった。
鑑定士達による分析でも、人体や精神に悪影響を与えるような要素はない事が確認された。
「いやしかし、快適過ぎるんだが」
「どうやら屋敷全体……いや、街全体に僅かながら回復効果が働いているようですね」
この街自体が、異界化街道と同じく地上に展開されたダンジョンの領域である事も分かった。
西端の森付近からスクールの街の近辺を経由してここ穢れ山ダンジョン前まで、ひとつながりの巨大な異界化領域。
規模を考えると、広さだけなら王都のダンジョンをも凌駕する。
そして、この異界化領域内では瘴気が殆ど観測されない。
魔物の発生は無く、そればかりかダンジョン内にある休憩ポイントのような、魔物を寄せ付けない結界のような効果が、異界化領域の全体に及んでいるのだ。
これらの調査結果に驚きを隠せない側近は、それゆえに不安も滲ませる。
領主の言うように快適過ぎて、人間に対するあまりに都合の良いこの環境は、どこまで享受して大丈夫なのか。
何処かの地点で、実った稲穂を刈り取るように回収されるのではないか、と。
「流石に穿ち過ぎだ、それは」
「そうでしょうか」
「堕落させて狩り取るつもりなら、わざわざ道や街を作って高度な運営に絡んだりしやしないさ」
それこそ、何もない安全地帯に多幸感を得られる草なり実なりを生やしておくだけで、人は簡単に堕落するし、その草なり実なりさえあれば満足する。それを巡っての争いも起こせるだろう。
「そういえば、西端の開拓村の森からは珍しい果実が採れると噂になっていましたね」
「ああ、行商人が王都に持ち込んだってやつな。栄養価が高くて腐りにくくて微量の回復効果まであるらしいぞ」
特に依存性などはなく、普通に長持ちする美味い果実として、色々な場面で重宝しそうだとか。今のところ、その果実の木が生えているのは西端の森だけ。
なので、ダンジョン産の果実として調査中とのことだ。
「まあそれはそれとして。そろそろ領都に戻らなければ、政務が滞りますよ」
「……帰りたくねぇなぁ」
一応、出先のここでも領主の仕事をある程度は処理できるが、人と顔合わせもする重要な案件ともなると、領都でなくては色々と問題がある。
まさか会談相手に出張先の街まで来てくれとは言えない。
「あまり先延ばしにしていると、また王都の宮廷雀共に騒がれます」
「まあ、無い腹を探られるのも面倒だが」
元高ランク冒険者でもあったハイスークの領主は、貴族としては型破りな変わり種の部類に入る。それ故に、王都の由緒正しい貴族達からは少々煙たがられていた。
何せ領地にダンジョンを持っているというその一点において、王家からは優良な家臣と見なされ、注目を浴びているのだ。
他の貴族達が自領の豊かさをアピールしたり、家系の血筋を誇っても、ハイスーク領からもたらされるダンジョン産の富には到底及ばない。
――なので嫉妬される。
『近頃ハイスーク領主の傲慢さは目に余る』
『冒険者などという下賤に堕ちた血を、貴き王族に近付けて良いものか』
『他国領と接している訳でもないのに過剰な戦力を有するなど、逆心を抱いているのでは?』
等など――。
放っておくと領地の評判がどんどん悪くなって商人も遠のいたりするので、適度に王都の社交に出てつまらない噂を戯れ言と払拭しつつ、人脈作りに勤しまなければならない。
「ああ、そういやそろそろ社交のシーズンか……ダリぃなぁ」
「このイレギュラーダンジョンの事をどう報告するのか、よく考えなければなりませんね」
そんな調子で、快適ながらもウダウダと過ごしていた領主達の滞在十数日目。穢れ山ダンジョンに異変が起きた。