15 領主サイド【前編】
王国の西側。他国と接する事もなく、未開の地が広がる辺境に在りながらも、王都にその存在感を示す領都ハイスーク。
ここを治める領主のもとに奇妙な知らせが届いたのは、半月ほど前の事だった。
「西端の森に新たなダンジョン発生の疑いあり、か」
「あの辺りは開拓も殆ど進んでいないところですね。既に棄て地扱いとなっていますが」
馴染みの冒険者から送られてきた手紙に目を落としながら呟く領主に、側近が周辺の補足情報を上げながら答える。
ハイスークが王都から一目置かれるのは、領内にダンジョンを有しているからに他ならない。
数世代前に、時の国王が領地拡大と強国化をうたって周辺の小国や部族を侵略し、土地も人材も根こそぎ奪い尽くした。
その時代に、西端方面の戦いで活躍した祖父が、褒美に賜ったのがこの領地である。
領地の平定に恭順しない少数部族を掃討して回っていた頃、とある山に住む土着の部族を滅ぼした際に見つけたのが、『穢れ山ダンジョン』であった。
王都が囲い込んでいるダンジョンほど豊富な薬草や鉱石資源が採れるわけではないが、それでも冒険者が持ち帰る魔鉱石の量は、一般的な鉱山の産出量を凌ぐ。
「我が領地に新しいダンジョン……か。本来なら喜ばしい限りだが――」
「ええ、ほぼ手付かずの棄て地に発生したとなると、王都の宮廷貴族周りがうるさそうです」
ふんと息を吐いて肩を竦めた領主は、ひとまず調査隊は出しておこうと、この案件の書類を作成して処理済みの箱に放り込んだ。
それから数日後。領都ハイスークから穢れ山ダンジョンに向かう多くの冒険者達が、中継地点として滞在する街スクールから緊急の救援要請が届いた。
西端の森に発生したダンジョンはイレギュラーらしく、地上を侵食しながら街に近付いて来ているという、にわかには信じ難い内容。
「どう思う?」
「単なるスタンピードというわけではないようですね」
発見が遅れたダンジョンからは、調査隊が入る前に魔物が溢れるような場合もある。
が、この度スクールの街の代官と冒険者ギルド長の連名で届けられた報告書や救援要請を読む限り、そういったケースではないらしい。
「ふむ、面白い。ここは直接、見て確かめに行ってみるか」
「閣下自らですか?」
「たまには現場に出ておかんとな。身体が鈍る」
「では、重要案件は片付けていって下さいね」
この領主の無茶ぶりや取り扱いに慣れている側近は、そう言って裁決が必要な書類を山積みにした。
ハイスークの領主が正規軍を率いてスクールの街に到着した時、緊急の事態は既に解決していたのだが、街のすぐ近くに異界化したらしい石畳の街道が伸びていた。
しかも冒険者や商人達で賑わっている。
「どういう状況だ、これは」
「とにかく、代官に話を聞きに行きましょう」
領主一行は、ひとまずスクールの街の代官屋敷を訪れた。
代官と冒険者ギルド長は、領主が自ら正規軍を率いて来た事に驚いていたが、そういやこういう領主だったわと納得すると、現在の状況について説明を始める。
今回、この領内に現れたイレギュラーダンジョンの特異性について。
「人に友好的なダンジョンなぁ……」
「そんな事あり得るんですかね?」
領主も側近も半信半疑だったが、信頼できる冒険者ギルド長が実際に対峙して確認もしているという。他にも、賞金首を管理している部署から首検め役人を呼んで説明がなされた。
「賞金を、払ったのか!?」
「はい……しかもその後、賞金を使って冒険者から情報を買っていました」
街で買い物をするダンジョン。ハイスークの領主は、自分の領内に現れた異常なダンジョンに、興味を惹かれた。
「うーむ。よし、ちょっと件の異界化した街道を見てこよう」
べしっと膝を叩いて立ち上がった領主は、わくわくした様子で代官屋敷を後にした。連れて来た正規軍の騎士や兵士達と連れ立って異界化した街道に踏み入れる。
瞬間、何かが身体を循環するような感覚で、確かにここはダンジョンの領域だと実感する。
このハイスークの領主は、若い頃などよく馴染みの冒険者と組んでダンジョンに潜っていたので分かるのだ。
街道は広く、しっかりした石畳で、両脇には等間隔に街灯まで設置されていた。それが遥か遠くまで続いている。
聞いたところによると、西端の開拓村まで繋がっているという。
「これ、自費で敷いたら幾ら掛かるかな」
「ハイスークとスクール間の五分の一も行かない内に財政が破綻しますね」
領主の何気ない問いに、側近がざっと試算して答えた。工事費用もさることながら維持の問題や費用対効果など、普通に考えて現実的ではない。
「実質タダで街道整備をしてくれるようなもんだろう? うまいこと利用できないものかな」
「人類に友好的なダンジョンなど、歴史的にも類を見ない事例ですからね」
領地内に発生したダンジョンには違いないのだから、いい感じに誘導して活動をコントロールできれば、大きな利益に繋げられる。
「このダンジョンの活動といえば、今は穢れ山ダンジョン方面に勢力を伸ばしているそうです」
側近はそう言って、噴水のある広場から伸びる別の道。少し色合いの違う石畳の街道を指した。その道は、真っ直ぐ穢れ山に向かって敷かれているらしい。
「む、あそこは我が領地の大事な資源採掘場でもあるからな。荒らされてはかなわん」
領主の祖父が現役だった時代。王国が領土拡大政策をとっていた当時、ここ西端の地で武威を示して活躍し、褒美に貰ったのがこの領地。
多くの異民族を抱えた自領の平定に駆け回っていた頃、今の穢れ山に住んでいた蛮族を殲滅して、彼らが信仰の対象にしていたダンジョンを手に入れた。
以降、この領地を潤す資源採掘地として重宝している。
「よし! 騎士達の訓練がてら久しぶりに潜ってみるか」
「では、こちらの書類にサインをどうぞ」
穢れ山ダンジョンに向かう異界化街道の先を見つめてそう宣う、領主のいつもの無茶ぶりに、慣れている側近は正規軍の出撃申請確認と任務延長、ダンジョンアタックに伴う危険手当給付などに係る特別予算枠を認可する旨の書類を並べた。
冒険者と商人で賑わう見知らぬ街。穢れ山ダンジョン前には堅牢な防壁が聳え、中には立派な街が出来ていた。
「おいおい……」
「これは凄い……」
スクールからここまでの道中に立ち寄った整備された休憩場所も凄かったが、この街はあまりにも想定を超えた規格外。
広さこそスクールに及ばないものの、比較にならないほど活気があり、何よりも街の施設の質が違いすぎる。
建物はいずれも丈夫で背の高い上等な造りのものばかりで、大通りの前には数百人を収容できそうな大宿が軒を連ねる。
それぞれ管理している商人によって内装や外観に多少の違いがあるが、どの宿泊施設も安価で泊まれる。それでいて部屋の環境は貴族向けの超高級宿仕様。
街の中を見る限り、地べたで横になっているような者は酔っ払い以外見当たらない。
連れて来た正規軍の騎士や一般兵達にも、全員に個室を与えられる規模の建物が当たり前のように並んでいるのだ。
「流石に、これを把握してねぇのは不味くないか?」
「不味いですね。ひとまずこの街の中心を尋ねてみましょう」
領主と側近は、騎士達に一般兵を率いての情報収集を指示して街の様子を探らせ、わずかな手勢を護衛に連れてこの街の中心となっている中央の建物『出張冒険者ギルド』に足を運んだ。
「お待ちしておりました。まずは領主様の屋敷に案内します」
「俺の屋敷?!」
穢れ山ダンジョン前街(仮)冒険者ギルド支部の責任者は、突如訪ねて来た領主に歓迎の意を示すと、この街を作ったダンジョンが用意していたらしい領主の屋敷へと案内するのだった。