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 封鎖された出入り口を破壊し、閉じ込められていた冒険者たちを解放した街づくり好きな迷宮核は、脱出して来た彼らのいう『やべぇの』の姿を確認して対策を練る。


「あれって、ミノタウロスって奴か。ふむふむ、本来は下層に出る魔物とな」


 中層のフロアボスとしても使われる上位種の魔物だという知識が浮かび上がる。並の攻撃力では傷も付けられないし、多少の怪我など即回復する。


 当然ながら力も強く、生半可な防御力では叩き潰されてしまう。有象無象の熟練冒険者程度では手も足も出ない。国が認定するクラスの高ランク冒険者が束になって掛かる相手だという。


 そんな『やべぇの』が地上に姿を現した。そして超高圧水流に押されて出入り口で藻掻いている。この場に踏み止まっている冒険者たちからは、かなりの緊張した心情が読み取れた。



 変わり者のダンジョンが味方についているとは言え、正真正銘の怪物が今にも外に出て来ようとしているのだ。


 岩扉を破壊した太い水柱の攻撃でも、その怪物の身体には致命的なダメージが入っていない。進攻を阻むのが精一杯のように見える。


 イレギュラーダンジョンの太石柱放水と、穢れ山ダンジョンの下層モンスターとの攻防を固唾をのんで見守る冒険者たち。



 そんな彼らを尻目に、街づくり好きな迷宮核はミノタウロスの戦力分析を済ませていた。


「これ、距離を詰めればいけそうだな」


 出入り口前を遠巻きにしている冒険者たちの前に『危ないのでここから前に出ないように』という意味合いの石柵を設置した街づくり好きな迷宮核は、放水中の太石柱を中心に罠を敷いた。

 そうして、少しばかり水圧を緩めてやる。


『ブモッ! ブモオオオオオオ!!』


 攻撃が弱まった事でようやく外に踏み出せたミノタウロスが、勝機とばかりに戦斧を振りかざして太石柱に突進攻撃を仕掛けた。

 振り下ろした戦斧で太石柱を砕いた瞬間、足元が沈み込んで太腿の辺りまで石畳に包み込まれる。


『ブモ!? ブモォッ!!』


 身動きが取れなくなったミノタウロスの周りを囲むように、太石柱が出現すると、至近距離からの一斉放水。


 これには流石のミノタウロスも耐えられなかったらしく、石畳に埋まった下半身を残して、切り刻まれた身体のパーツや中身がバタバタとその場にぶちまけられた。


 しばらく凄惨な有様を晒していたミノタウロスの死体は、やがてその血も肉も魔素と瘴気に還元されていく。ダンジョン産の魔物特有の消失現象だ。


「お、結構な魔素が入ったな。こっちの領域内で倒したからか」


 一連の戦闘を石柵越しに見ていた冒険者たちが、「すげぇ威力だ!」と沸いている。

 街づくり好きな迷宮核は、少し余裕を取り戻した様子の彼らを意識の隅に置きつつ、次に備えてその場を片付けると、再度罠付き太石柱を設置した。



「……来ないな。って、下の作業が終わったか」


 追加の強力な魔物が寄越されるかと構えていたが、一向に次が来ない。そう思っていたところへ、シールドマシン型ゴーレムから作業の第一段階が完了したとの合図が来た。


 恐らく、穢れ山ダンジョン側はそちらに対処するべく下層の魔物を地上に放つのは見合わせていると思われる。


「よし、ここからはタイミング次第だ」


 街づくり好きな迷宮核は、出撃中のシールドマシン型ゴーレムに次の指示を出すと、第二段階に移行した。


『何をしている?』

「直接攻撃の下準備。相手の魔核の位置情報をくれ」


 西の森の魔核は、街づくり好きな迷宮核のやっている事がやはり今ひとつ理解できないでいた。

 直接攻撃による侵食は競り負けるのではなかったのかと思いつつ、いつになく忙しない魔素の操作を始めた街づくり好きな迷宮核に、求められた情報を与えるべく集中する。


 互いのダンジョンが侵食状態に入っているので、『西の森(こちら側)の魔核』からも『穢れ山(むこう側)の魔核』を感知して大体の位置が分かる。


 大量の魔素が一所に固まっており、それでいて活発に動いている場所。感じ取れた魔核の位置は、穢れ山ダンジョンの最下層から更に深い場所にあると思われた。



 通常、ダンジョン同士の喰い合いが始まると、自分のダンジョン領域で生成した魔物を相手の領域へと送り込み、制圧したエリアから侵食を進めて摂り込んでいく。


 少数の超強力な魔物を送り込んで直接魔核を狙う、冒険者の攻略のような侵食方法もあるが、それができる魔物は最上位種の中でもほんの一部。


 そんな魔物を用意できる程の巨大ダンジョンは、そもそも他所のダンジョンに絡まれるような事はまず起きない。



 閑話休題。街づくり好きな迷宮核が穢れ山ダンジョンに仕掛けた侵食方法は、直接魔核を狙う攻撃ではあるが、相手の領域を制圧して侵食する従来のやり方とは大分違っていた。


 ある程度自律的に動けるシールドマシン型ゴーレムに出しておいた指示は二つ。

 最初に地下深くへと掘り進み、穢れ山ダンジョンの最下層よりずっと深い所に巨大な空洞を作る。そして空洞部分から上に向かって掘り進み、最下層の底裏まで繋げる事。これが第一段階。



 ダンジョンの壁は強固なので、そう簡単に掘り抜く事は出来ない。しかし、地下から直接攻撃を受けたとあって、穢れ山の魔核は下層の魔物を地上に送る事を中止して守りに入った。


 万が一にでも最下層に穴を空けられ、そこから尖兵を送り込まれでもすれば、魔核が危険に晒されてしまう。


 そうして穢れ山の魔核が最下層エリアの防衛に意識を向けている隙に、魔核の位置を特定してその外周を掘り進めるのが第二段階。



 シールドマシン型ゴーレムが掘り進めた穴には水を通して領域化する事で、細い管状の迷宮が形成された。


 穢れ山の魔核が潜む最下層の更に地下にある部屋の外周に沿って、囲うように掘られた管状の迷宮に、太石柱と同じ超高圧水流を放てる筒形の装置をぎっちりと並べていく。


「準備完了だ。いくぞ」

『……!』






 穢れ山の魔核は困惑していた。

 未熟な(西の森の)魔核が弄した策と思しき地上に展開された迷宮領域と、そこに便乗している冒険者どもを一掃しようと向かわせた下層の魔物が撃退された事はまだいいとして――


『こいつは何を考えている? なぜ冒険者どもを庇った?』


 まさか冒険者を尖兵に使うつもりだろうかと考えるが、流石にそれは無いと思い直す。冒険者どもの目的は、ダンジョンの資源を持ち帰って富を得る事。

 最終的には魔核の奪取を狙っているのだ。


 多少目先の利益が一致したとて、ダンジョンの中枢たる魔核が、天敵でもある冒険者と組むなどあり得ない。


 人の街を模した迷宮領域を展開する事でダンジョン攻略の拠点として使わせ、滞在する冒険者から大量の魔素を得ているのであろう事は分かる。


 遠い地に在る未熟な魔核が、これほど長大な距離まで自分の領域を伸ばして来られたカラクリは理解した。


 しかし、観察すればするほど解せない。この迷宮領域の街は、徹底してそこに在る人間を護る造りになっている。


 至る所に迷宮の技術が使われ、本来なら獲物を誘い込む為の機能や罠に使われる機構が、悉く人間の生活を快適にする道具として使われてる。


『人間の飼育による安定的な魔素の搾取が目的か? いや、しかしそれにしては――』


 地上に街型の迷宮領域を展開してまで魔素を稼いで遠征して来た未熟な魔核が、何を狙っているのか理解できない。


 穢れ山の魔核が、このまま地上に殲滅用の魔物の群を差し向けるべきかと悩んでいたその時、穢れ山ダンジョンの外壁に、あり得ない方向から侵食の衝撃が来た。


『下から!?』


 まさか最下層よりも下に設けてある魔核の部屋の、更に下から来るとは全く予想していなかった穢れ山の魔核は、慌てて下層から一層までの直通路を閉じる。

 そして、準備していた魔物の群を魔核部屋の防衛に回した。


『上の街は冒険者を使った牽制と目くらましに魔素の供給源。本命は地下からの直接攻撃か』


 西の森の魔核の狙いをそう読んだ穢れ山の魔核は、予想外の奇襲に感心する余裕を見せつつ、それなら十分に対処できるとほくそ笑む。


 ダンジョンの領域を繋いでの侵食合戦になれば、分は地力の高いこちらにある。


『本体が異様に遠い場所にあるのも、喰い負けた時の備えというわけだな』


 相手の迷宮領域に沿って足の速い魔物を放ったとしても、流石に推定で十日以上掛かりそうな距離にある西の森の魔核に手が届くとは思えない。


 穢れ山の魔核は、ダンジョン同士の喰い合いをそれほど経験している訳ではないが、こんなやり方でアウトレンジ攻撃を仕掛けてきた西の森の魔核の手腕に、同じ魔核として敬意すら抱いた。


『もはや生まれて間もない未熟な魔核などと侮りはしない』


 先ほどからこの魔核部屋の周囲に、相手の迷宮領域が隣接しているような気配を感じている。

 麓の出入り口の岩扉を破壊したあの奇妙な攻撃なら、この部屋の壁も穿つかもしれない。今更壁の厚みを増やすのは間に合わない。ならば受けて立つまで。


『来るがいい。我が迷宮最強の上位種群で――』


 その時、魔核部屋の周囲全方位から強烈な侵食攻撃を受けた。次の瞬間、穢れ山の魔核は自身の迷宮領域との接続が失われた感覚に陥った。


『な、なんだ! 何が起きた!』


 迷宮領域からの情報が来ない。今まで感じていた各階層の状況や魔素の動き、瘴気の流れなどが一切感じられない。人間的に言えば、まるで手足と目鼻耳をいっぺんに失ったような感覚。


『迷宮核! 応えろ迷宮核!』


 迷宮核に堕とした元中腹ダンジョンの魔核からの応答も無い。一体何が起きたのか、或いは何をされたのか判らない穢れ山の魔核は、唯一感じられる自身の存在に集中する。


 自身はまだ穢れ山の魔核だ。他所のダンジョン領域に喰われた感覚は無い。そう確認しながら、状況の把握に努めようとした時、自身を包み込む覚えのある魔力に思考が凍り付いた。


『に、西の森の――』


 西の森の魔核が放つダンジョン領域に包まれている。それが意味する事は――


『我は……喰われたのか……』


 自分以外の魔核の魔力が、自身に浸透してくるのが分かる。穢れ山の魔核は、『魔核』としての主導権が失われていく感覚を、ただただ受け入れるしかなかった。






「摂り込んだ?」

『……摂り込めた』


 やや呆然とした様子で答えた魔核に、街づくり好きな迷宮核は「ならばよし」と作戦の成功を告げると、後片付けの準備に着手した。


 穢れ山の魔核を摂り込んだ西の森の魔核は、信じられない思いで街づくり好きな迷宮核(己がパートナー)を見詰める。

 こんなに短期間で他所のダンジョンを、格上の魔核を喰った。それも、ダンジョンの兵力たる魔物を殆ど使わずに。



 街づくり好きな迷宮核が仕掛けた作戦は、かなり大胆で奇抜だが確かに理に適ってはいるという何とも評し難い内容だった。


 まず、ダンジョンのセオリーとして魔核は自身を護り、成長させる迷宮領域の最奥に配置される。

 この『常識』に基づき、街づくり好きな迷宮核は相手ダンジョンの地下に巨大な空洞を作り、魔核が鎮座する部屋部分を切り取って落とした。


 ――要するに落とし穴を使った。


 魔核部屋の位置や最下層の範囲次第で難易度は変わるが、今回は最下層の更に下に魔核の部屋があったので、その部分だけ超高圧水流で一気に削り取って落っことしたのだ。



 穢れ山の魔核が瞬間的に自身のダンジョンとの接続を絶たれたのは、侵食する超高圧水流で魔核部屋を切り落とす際、その断面から西の森の魔核の領域に取り込まれたからである。


 魔核がダンジョン本体から切り離された。まさに首を刎ねられたようなものであった。





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魔核を天井に設置していれば・・・
接続状態は接触してないと駄目な仕様を逆手に取ったのか。 同じ価値観の魔核さんは今のところ複数いらないから、吸収一択やね。
 超高圧水流での刎頸とかダンジョン界隈どころか、この世界初だろうなぁ。残された穢れ山の迷宮核はいきなり途絶えた上司の気配に大混乱してそうだな。
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