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穢れ山のダンジョンは、最初は中腹にあったという。いつの間にか入り口が麓に変わっていて、中腹の入り口は今はもう閉じているらしい。
街づくり好きな迷宮核は、穢れ山ダンジョンについて得た知識のおさらいをしながら、ダンジョンの出入り口と周辺の環境を観察する。
遠くまで見渡せるよう、背の高い石柱を立てて視点をその先端に置いていたのだが、よじ登って来る物好きがいたので、足場のしっかりした物見櫓を立てた。
今現在、スクールの街近くの領域化街道から入る魔素量が凄いので、少し無駄遣いするくらいの余裕はあった。
穢れ山は木や草は生えておらず、土と石の小高い岩山だ。周辺の森は広い範囲で伐採されており、ぽつぽつと切り株が残っている。吸収した野鳥の記憶情報で見た通りだ。
一応、ダンジョンの出入り口から一定の範囲をキャンプ地として使うべく整地されているようで、木の柵やスパイクバリケードで囲われた広場があった。
木の柵には何度も補修した跡があり、かなりボロボロの状態。スパイクバリケードも先端が折れたまま放置されている箇所が目立つ。
所々に動物の毛皮の残骸か、死骸のような何かが垂れ下がっていたりなど、あまり手入れは行き届いていないようだ。
そして、街づくり好きな迷宮核が観察している今も、森の方から猪型の魔獣が現れては、木の柵に体当たりをかましている。
手近な場所で休んでいた冒険者たちが億劫そうに立ち上がり、仕留めに掛かった。
大勢の冒険者たちが訪れるダンジョンの近くに、街どころか集落すら形成されていなかった原因。それは、ダンジョンから放たれる瘴気が周辺の生態系に影響を与えるせいだった。
動物を狂暴化させたり、植物に毒性を持たせたり。魔素に飢える魔獣を引き寄せたりする。水源も汚染されるし、長く瘴気に触れて体内に蓄積されると、野生動物が魔獣化したりもするのだ。
ダンジョン自体も危険だが、ダンジョンが存在する事でその周辺も危険地帯と化す。ダンジョン周辺の瘴気濃度が一定値に達すると、ダンジョン内で発生した魔物が外にまで出るようになる。
「なるほどなぁ」
『通常、我々はこのような在り方をする』
他所のダンジョンを観察してふむふむと学習している街づくり好きな迷宮核に対し、隣に鎮座させられている魔核は、明確に『お前の在り方はおかしい』と諭す。
今からでも従来のダンジョンマスターに導こうと目論むが――
「うちは魔素を変換して疑似的に全面癒し空間にしてるから安全地帯を維持できてるわけか」
領域内の村人も行商人も身体に変調を来すことはなかったし、野生動物の気性は臆病で穏やかな状態を維持して、魔獣や魔物の類は寄せ付けない。
「クリーンで快適な街づくりには瘴気対策も大事ってことだな」
違うそうじゃないと嘆くいつもの魔核の事はさておき、街づくり好きな迷宮核はここに冒険者の街を建てるにあたって、必要な魔素量の計算と段取りを組み立て始めた。
「まず一番に必要な施設はー――」
※ ※
街づくり好きな迷宮核がこの一帯を整地する準備に取り掛かっていた時。
スクールの街から一緒にやって来た若い冒険者たちは、穢れ山ダンジョン滞在組の冒険者たちにイレギュラーダンジョンの存在を周知していた。
「じゃあ、あの石畳の道も、さっきいきなり生えた物見櫓も、そのダンジョンの仕業なのか?」
「にわかには信じられんが……スクールで何か騒動があったのは聞いている」
「ああ、異界化した街道が迫って来てるつってな。街に居た冒険者をかき集めて総掛かりで防衛と討伐の緊急依頼があったんだよ」
「領主の正規軍も呼ばれてて、ギルド長が陣頭指揮に立つ結構でかい作戦になってたんだ」
「一時は街を放棄して住人を避難させようってところまで行ったんだが――」
異界化の侵食は街の手前で止まり、イレギュラーダンジョンに人類と交流する意思があるらしい事が分かった。
「で、依頼料払って俺たちにここのダンジョンの事とか聞いてきたんだぜ」
「依頼料? ダンジョンが金払ったってのか?」
「そうなんだよ。その前に賞金首を並べて報酬貰ってたけどな」
「意味が分からん」
何だそれはと困惑している滞在組の冒険者たちに、イレギュラーダンジョンの事を説明していた若い冒険者は広場でざわめきが起きたのを聞いて振り返る。
そこに見慣れた光景が展開するのを認めると、滞在組の冒険者たちに言った。
「あ、ほら、始まったみたいだ」
物見櫓の天辺から広場に向けて豪快な放水があり、濡れた地面から石柱が生えてこれまた景気よく水を噴き出している。
広場で休んでいた冒険者たちは、突然の水攻めに「なんだ、なんだ」とあたふたしている。ここに来る途中、休憩地点でも見た光景に、若い冒険者たちは思わず笑ってしまった。
「おい、笑い事じゃないぞ。何事だアレは」
「大丈夫だって。ああやって異界化の領域を増やしてるみたいなんだ」
やがて、パキパキという何かが固まるような音を鳴らしながら、広場全域が石畳に覆われていく。木の柵やスパイクバリケードの辺りまで石畳が広がると、持ち上がった柵が倒れてしまった。
そこにまたもや現れた猪型の魔獣が突っ込んで来るも、進路上に太い石柱が生えて迎撃する。太い石柱から伸びた白い線が、魔獣の身体を頭から尻まで貫通して仕留めた。
「魔獣ボアが一撃で死んだぞ!?」
「あの太い柱の攻撃な、対スタンピード用の岩壁もあっさり切り裂いてたんだぜ」
結構しぶとくて倒すのが面倒な猪型魔獣は、ここでキャンプをする滞在組にとって悩みの種でもあった。
それを一瞬で片付けた攻撃に驚く滞在組の冒険者たちに、なぜか得意げに語る若い冒険者。
木の柵とスパイクバリケードがあった辺りには、幅のある上道付き防壁が生えて広場を囲う。
そうして全面石畳に覆われた穢れ山ダンジョン前広場の中央に、二階建てくらいの大きな建物が生えると、ここで一段落とばかりに異界化の変異は収まった。
「すげー! ギルドの建物みたいだ」
「中を見てみようぜ!」
「お、おい、危なくないのか」
若い冒険者たちは出来立ての建物に嬉々として突入していく。一方で滞在組の冒険者たちは、地面から建物が生える異常事態に説明はされていても思考が追い付けず、戸惑うばかりだ。
穢れ山ダンジョン前広場のキャンプに慣れている筈の滞在組が、緊張の面持ちで建物や石畳に触れては唸っている。慎重にトラップの類を調べているのだ。
そんな彼らを尻目に、初めてここにやって来た若い冒険者グループや、滞在組の冒険者と直接取引に訪れる事のある商人たちが、馴染んだ様子で建物内を物色していた。
「これ酒場だよ酒場! まだ何にもないけど、新築の酒場だ!」
「テーブルに椅子にカウンターも複数。収納場所も用意されていますな」
「魔鉱石ランプが当たり前のように……」
「二階は宿部屋か? ちょっと見に行こうぜっ」
若い冒険者たちがドタバタと駆け回って建物内を探索している中、一階のレイアウトを確認した商人は、自分たちの取引に使えそうなカウンターの一つを借りてさっそく商売を始める。
「魔石の原石買い取りとポーションの販売をします! 魔道具用の各種加工魔石も取り揃えていますよー!」
「こちらは携帯食料の販売です。干し肉に乾燥果物。固パンはいかがですか」
「三層までの各種薬草買い取り! 状態が良ければ追加報酬有り!」
これまではパーティー毎に集まっている場所に赴いては、周囲を気にしながらの取引がここでの常識だった。
これだけしっかりした建物内でなら、商品を飾りながら安全に商売ができるとあって張り切る商人たち。
「二層モンスターの魔石がある。一部割れているが買い取り頼む」
「おい、酒ねぇか酒」
「ポーションくれ! 回復二級と毒消しがあれば優先的に」
おっかなびっくり建物内を見て回っていた滞在組も、時々補給や休息で街に戻った時のような、どこかほっとする日常的な空気を感じて肩の力が抜けたらしく、積極的に取引に応じていた。
その後も時間が経つごとに内装が次々と追加されていく不思議な建物内で、冒険者たちはここにダンジョンを所有する王都のような、大きな街ができるのではないかと期待を抱くのだった。