第99話「風呂敷ひとつで、どこまでも」〜包む心と、ひらく形〜
ことのは堂の奥座敷。
朝から何やら、色とりどりの包みが畳の上を転げ回っている。
「わーっはっは! どうじゃ、見たか! わしの“万能ぶろしき”の実力を!」
派手な格子柄の風呂敷が、四隅を器用に動かしながら、茶碗や筆をひょいひょい包んでは解き、また包んでは丸めている。
「いえ、拝見しましたけど……」
高道は湯呑を手にしながら、半眼になった。
「そもそも風呂敷というのは、包むためのものですよね。万能と言われましても」
「おぬし、わかっとらんな! 包むだけじゃないのじゃよ。結ぶ、担ぐ、吊る、広げる、覆う、はたまた変装まで――この世のあらゆる“形”を見つけ、わしは応えてきたのじゃ!」
「……変装、ですか?」
「うむ、かつては逃亡者を包んで夜道を駆け、またあるときは子猫の寝床にもなった」
どことなく誇らしげに胸(?)を張る風呂敷。
その布地は、長年の使用で柔らかく、ところどころにしみやほつれが見えた。
だが、その皺がまた、妙に温かみを帯びている。
「ですが、それはすべて、“人がそう使った”からではないですか?」
「……なんじゃと?」
「“万能ぶろしき”という言葉、たしかにすごいと思います。ですが、それも誰かが“そう見立てた”から広がったのではないでしょうか。
つまり――“形”のほうから人を誘っているのではなくて、人が“形に意味を見出した”ということですよ」
「なんじゃ、そのややこしい言い回しは。小難しい話は嫌いじゃぞ」
「では、もう少しわかりやすく申し上げますね」
高道は机の上の急須を指差した。
「これ、取っ手がありますよね。人は自然と“ここを握って注ぐものだ”と思います。
この“握りたくなる形”をしているから、握る行動が起こる。――それが“アフォーダンス効果”というのです」
「アフォ……なんじゃ?」
「アフォーダンス。つまり、“形が使い方を教えてくれる”という考え方です。
風呂敷だって、人が“包める形”に気づいたからこそ使われるようになった。
あなたが万能なのは、皆が“あなたの形に可能性を見た”からですよ」
風呂敷は、一瞬しゅんと四隅を垂らした。
それから、ふわりと畳の上に広がった。
「……わしは、包まれるばかりで、誰かの“思いつき”の上に生きてきたのかのう」
「そうとも言えますし、そうではないとも言えます」
高道は少し笑って、湯呑を口に運んだ。
「使われるというのは、“認められる”ということでもありますからね。形を持つというのは、それだけで“誰かに応えられる”力なのだと思いますよ」
風呂敷は、しばし黙っていた。
畳の上で風に揺れながら、まるで遠い昔を思い出すように。
――大名の娘の嫁入り道具を包んだ日。
――商人の売り物を担いだ日。
――旅人がその端を握りしめて、涙をぬぐった夜。
どれも、誰かの“形”に寄り添った記憶。
包むことが、ただの役目ではなく、心を受け取ることだった日々。
「……なるほどのう。わしは“包まれておる”のかもしれんのう。人の願いに」
「ええ、そういうことだと思います。だから胸を張ってください。形があるというのは、素敵なことですよ」
風呂敷は、ふふ、と笑ったように見えた。
そして、突如として畳の上を転がり、高道の足元にまとわりついた。
「ちょっ、なにをなさるんですか!?」
「包んでやるわい! おぬしも“人の形”じゃからのう!」
「や、やめてください! 私は包まれたいんじゃなくて、包みたい側なんです!」
「細かいことは気にするでない! 人も物も、時に包まれてこそ味が出るんじゃ!」
もみくちゃになりながら、畳の上を転げ回る二人。
障子の向こうで、通りを吹く秋風が「ぷふっ」と笑ったように音を立てた。
――しばらくして、ことのは堂の店先。
行商帰りの子供が、ひょいと顔を出した。
「たかみちどのー! 包み紙、ありませんかー?」
「あっ、ちょうどいいのがありますよ」
奥からずるずると現れたのは、例の風呂敷。
包み心地がいいように、ふんわりと膨らんでいる。
「おお、やわらかい! これ、すごいですね!」
「でしょう? “包む形”が、使う人を笑顔にするんです」
「えへへ、また来ますね!」
子供が去ったあと、風呂敷は小さくため息をついた。
「……不思議なものじゃな。わしはただの布なのに、誰かを笑わせることができるとはのう」
「布も人も、形がある限り、“何かを生む”力があるんです」
高道は、茶を一口すすった。
「その形が、誰かを包み、誰かを救うかもしれません。
……もしかしたら、私たち自身をも、ですね」
風呂敷は、静かに四隅をたたんだ。
まるで深い礼をするように。
そしてその夜。
ことのは堂の棚の隅で、風呂敷がそっとひらいた。
中には――
高道の使い古しの茶巾が一枚、やさしく包まれていた。
誰が包んだのかは、誰も知らない。
ただ、月明かりの中で、風呂敷の格子模様がゆらりと笑った。




