第98話「きらめき三つ巴」〜誰が一番、輝いている?〜
ことのは堂の障子を開けた瞬間、高道は思わず目を細めた。
座敷の真ん中で、三つの付喪神がにらみ合っているのだ。
一つは宝石――赤く燃えるようなルビーの姿をした付喪神。派手好きで、何かにつけて「ワタクシこそ至高」と言い張る。
一つは金――重厚な金塊のような付喪神。口を開けば「わしが最も価値がある」と自慢ばかり。
そして一つは水晶――澄んだ透明の身体をもつ付喪神。無口だが、時折「純粋こそ最高」とつぶやいて譲らない。
「……どうしてうちが宝飾市みたいになっているんですか?」
高道がため息をつくと、宝石がすぐさま声を張り上げる。
「聞いてくださいませ、高道さま! このふたりが、わたくしを押しのけて『自分こそ町一番の人気者だ』と主張するのです!」
「いやいや、わしこそが一番じゃ!」金がどっしりと揺れた。
「純粋さが評価されるべきだ」水晶も澄んだ声で返す。
三者三様に譲らず、ことのは堂の空気はピリピリ。高道は観念したように膝をつき、静かに語り始める。
「皆さん、少し落ち着いてください。これは“ヴェブレン効果”のせいです」
「べぶれん……?」宝石が首をかしげる。
「簡単に言うと、高価なものほど人は欲しがるのです。つまり、実際にどれほど役に立つかよりも、“値が張る”こと自体が魅力になる。金殿も宝石殿も、その輝きゆえに人が惹かれるのは当然のことです」
「なるほど!」金は嬉しそうに胸を張る。
「ならば、やはりわしが一番じゃな! 金はどこまでも値打ちが高い!」
「お待ちくださいまし!」宝石が慌てて割り込む。
「確かに金は高価でしょう。ですが、美しさと希少性でいえば宝石に勝るものはございません! 人々はその煌めきを身にまといたいと願うのです!」
「……どちらも違う」水晶が低くつぶやいた。
「わたしは透き通り、飾り気がない。だが、それこそ人の心を映す。真に価値があるのは、そういう清らかさだ」
三者が声を張り合うたびに、ことのは堂の障子がガタガタと揺れた。
高道はこめかみを押さえ、なんとか場を収めようと口を開く。
「つまりですね、価値は一つではないのです。金殿は“力の象徴”、宝石殿は“美の象徴”、水晶殿は“純粋の象徴”。人は時と場合によって欲しがるものが変わります。だから、誰が一番という話では――」
しかし、その瞬間。
通りを歩いていた魚売りの若者が、店の隙間から顔を出した。
「うわ、ピッカピカだな! あんな高そうなの、持って歩いたら絶対モテるぞ!」
その一言に、三者の瞳がカッと光る。
「聞きましたか!? “高そう”こそ価値なのですわ!」宝石が高笑い。
「ふん、やはり値打ちこそ全て! わしの勝ちじゃ!」金が地響きのように唸る。
「……高ければよい。ならば透明なわたしは、見えぬほどに高価だ」水晶も負けじと呟いた。
ピリピリどころか、堂は嵐の前の空気に。高道は頭を抱えた。
「だから、人の言葉を都合よく拡大解釈しないでくださいってば……」
――かくして翌日。
市の中央に「金」「宝石」「水晶」が、どや顔で並び立った。
「見よ、この金の輝き! 人の世はわしの重みで回るのだ!」
「美を語るなら、宝石を抜きにはできませんわ!」
「……水晶の透明さこそ、心を映すもの」
買い物客たちは興味津々で足を止め、ざわめきが広がる。
だが次の瞬間――。
「へへっ、ありがたくいただくぜぇ!」
どこからともなく飛び出した盗人が、あっという間に三体を麻袋に放り込んだ。
「なっ!?」「やめなさい!」「……静かに抗議する」
付喪神たちの叫びもむなしく、盗人は煙のように姿を消す。
残されたのは、ぽかんと口を開ける町人たちと、静まり返った市の広場。
遠くから見ていた高道は、ため息をついて肩を落とした。
「……結局、値打ちあるものは人の欲を呼び、欲は盗みを呼ぶ。これもまた世の常ですか」
そうつぶやくと、彼は苦笑を浮かべてことのは堂の障子を静かに閉じた。




