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第92話「折り鶴は人の口に舞う」 〜座敷童のひそひそ話〜

「――聞いたぞ、高道! お前の売る護符は、こっそり座敷童が保証しておるそうじゃな!」

朝のことのは堂に、ばたんと戸を蹴破って入ってきたのは、町の若者。目をぎらつかせ、息を切らしている。

「はあ?」と高道は目を瞬かせた。

「誰がそんなことを?」

「裏長屋の婆さんが言ってたぞ! 『座敷童が推している護符はご利益が倍増する』ってな!」

……と、そのとき、棚の上から声が落ちてきた。

「ふふん。まあ、私が言ったんだよ」

小柄な少女の姿をした座敷童が、障子の桟に腰を掛け、にやりと笑った。

「座敷童!? なぜ勝手にそんな噂を……」

高道は額を押さえたが、すでに若者は意気揚々と駆け出して行った。

「ことのは堂の護符は座敷童のお墨付きだってよー!」

その叫び声は、町の通りへ響いていった。


昼を過ぎる頃、ことのは堂の戸口には長蛇の列。

「座敷童が推すなら間違いない」

「子が授かるかもしれん!」

「商売繁盛だ!」

護符は飛ぶように売れ、棚はすぐに空になった。

「……これは一体どういうことですか、座敷童」

高道は困惑を隠せずに問う。

座敷童は頬をぷくっと膨らませ、悪戯っぽく笑った。

「わしが直接褒めても誰も信じぬ。だが、人づてに伝われば『本当らしい』と思うものじゃろ?」

その言葉に反応したのは、店の隅に静かに佇んでいた折り鶴の付喪神だった。

銀色に光る紙の羽をふわりと震わせながら、すっと宙に浮かぶ。

「……それは人の弱さ。直接より、陰で言われる言葉の方を信じやすい」

折り鶴は長年、祝い事や願掛けの場に折られ、託された思いを知っていた。

高道は頷き、座敷童に向かって静かに言う。

「それを心理学では『ウィンザー効果』と呼びます。本人が自分を褒めても説得力は薄い。しかし第三者の言葉を通すと、妙に信用されてしまうのです」

「なるほど! だから婆さん経由の噂が効いたのか!」

座敷童はけらけらと笑う。

だがその日の夕刻――。

「護符を買ったのに、まだ嫁が来ぬ!」

「商売も繁盛せんぞ!」

怒号が飛び交い、戸口には不満を抱えた町人が集まってきた。

「おかしいじゃないか! 座敷童が言ったんだろ!」

「ち、違うぞ! 私はただちょっと……」

座敷童の頬が青ざめる。

折り鶴は静かに羽を震わせた。

「流言は羽より軽く、風より速い。人はよい噂だけでなく、悪い噂にもまた敏感だ」

「……そのとおり」

高道はため息をつき、群衆の前に進み出た。

「皆さま、どうか落ち着いてください。護符はあくまで支えであり、人生を変えるのは皆さま自身の行いです。座敷童殿の言葉は、確かに裏付けではありますが……保証状ではありません」

群衆はざわめいたが、高道の落ち着いた声に次第に静まっていく。


その晩。

ことのは堂にようやく静けさが戻ると、座敷童は畳に寝転んで唸った。

「はぁ……やっぱり私のせいで大騒ぎになった」

折り鶴はそっと舞い降り、座敷童の額に羽をちょんと触れた。

「人の心は折り紙のように、折れば形が変わる。噂もまた、人を折る力を持つ。だが、折り方次第で鶴にも、紙くずにもなる」

「……うぅ、私、紙くずにしちゃったかな」

高道は笑みを浮かべ、茶を一口含んだ。

「いえ、座敷童殿。今日は学びの機会でした。人が第三者の声を信じやすいことは確かに事実。けれど、その声に責任が伴うことを、私たちは忘れてはならないのです」

「ふむぅ……責任かぁ」

座敷童はごろりと寝返りを打つと、障子に映る灯の形をじっと見つめた。


翌朝。

「護符ください!」と再び訪れる町人に、座敷童は今度は胸を張って言った。

「私のお墨付きじゃ! ――ただし、努力を忘れるでないぞ!」

町人はぽかんとした顔をした後、ふっと笑って護符を受け取った。

折り鶴は小さく羽音を立てて舞い上がり、光にきらめきながら呟いた。

「言葉は風に乗り、人の心を折る。それをどう折るかは、伝える者次第……」

高道はにこりと微笑み、帳簿に筆を走らせた。

「さて、今日もにぎやかになりそうですね」

ことのは堂に、またひとつ、人と付喪神の奇妙な日常が積み重なっていくのであった。

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