第90話「そっくり顔の茶碗騒動」〜団子でつながる奇縁〜
今朝、ことのは堂の戸棚を開いたとき、僕は言葉を失った。そこには、見慣れぬ茶碗が一つ、ちょこんと置かれていた。白地に青の唐草模様――までは良いが、その模様がどうにもおかしい。僕が笑ったときの口元に、妙にそっくりな形をしている。
(……僕の顔に似た茶碗?)
戸棚の奥で茶碗が小さく揺れました。風は吹いていません。嫌な予感が胸をよぎります。
「おいおい旦那ぁ、似てるだなんて言ってくれりゃ、照れるじゃねぇか」
……やはり、しゃべったか。
「えーと……あなたは、付喪神ですか?」
「へい、そうでさァ。拙者ぁ長年団子屋で使われて、気づきゃ魂が宿っちまった茶碗の付喪神でござんす」
茶碗は誇らしげにカタカタ揺れました。どうやら僕の顔に似ていることを気に入っているようです。
「しかし……なぜ僕の店に?」
「そりゃあ旦那と拙者、似てるからでさァ! 人間ってぇのは似たやつに惹かれるんだろ? なら拙者と旦那は赤い糸でつながってるってもんで!」
勝手に盛り上がる茶碗に、僕は小さくため息をつきました。
「確かに、人は“似たもの”に親しみを抱きやすいものです」
僕は正座し直し、静かに説明を始めました。
「心理学で“類似性の法則”と呼ばれる現象があります。性格や趣味、見た目が似ている者同士は、互いに好意を持ちやすい傾向があるのです。例えば同じ郷里出身というだけで仲良くなったり、好きな菓子が同じというだけで話が弾んだり……。人と人との縁の多くは、そんな小さな“似ている”から生まれるのです」
「おぉ、さすが旦那! 学がある!」
「いえ、学というほどでは……」
茶碗はうれしそうに転がり、わざと大きな音を立てて笑いました。
「で、旦那。拙者ぁ団子を受け止めるのが仕事でしてね。旦那も団子が大好物でしょう? ほら、似てる!」
「……ええ、否定はできません」
実際、戸棚には僕がこっそり食べた串団子の紙袋が隠してあるのです。
「似た者同士ってのは、そいつぁ縁が深い証拠でさァ! 旦那、これから団子を召し上がるときは、ぜひ拙者を使ってくだせぇ」
「そこまでいうなら……まぁ、よいでしょう」
半ば押し切られる形で、僕は茶碗に団子を盛ることになりました。
ところがその日の昼、常連の客が来て、茶碗を目にした途端こう言ったのです。
「いやぁ、高道さん。その茶碗、まるであなたそっくりだねぇ。えくぼの辺りなんて特に」
僕は思わず鏡を手に取りました。
そこに映ったのは、にやりと笑う自分の顔と、模様がゆがんで笑う茶碗。
――確かに似てる…。
「見やしたか旦那! 証拠は揃った! 団子の縁に加えて顔まで似てりゃ、これ以上の似た者同士はありやせん!」
「まったく……押しの強い茶碗ですね」
けれど不思議と、嫌な気はしなかった。
似ているからこそ、こうして心が通じ合うのかもしれません。
それからというもの、ことのは堂では「団子を食べる高道と、団子を受け止める茶碗の君」という、妙に似た者同士の光景がときたま見られるようになった。
客たちもそれを見て笑い、やがて噂しました。
「似た者同士は縁が深い。ほら、あの店主と茶碗を見ればわかるだろう」
人は“似たもの”に心を寄せる。
たとえそれが、人間と茶碗であっても――。
ーーーーーーー
茶碗がことのは堂に棲みついてから数日。客たちは団子を盛ったその茶碗を見るたび、「やっぱり似てる」と笑って帰っていきます。僕としては商売に支障がないので否やはないが……問題は夜。
「旦那ぁ、今宵も団子をひと串どうで?」
茶碗は寝床までついてきて、枕元で団子をすすめてくる。
「夜中に団子は胃に重いので遠慮します」
「なぁに、似た者同士は夜更かしもお揃いってやつでさァ!」
まるで兄弟のような押しの強さに、僕は半ば諦めて夜な夜な茶碗相手に団子をかじる羽目になった。
やがて噂は広がり、近所の子供たちまで「団子顔の旦那さーん!」と囃す始末。……まさか茶碗と一緒にあだ名を背負うことになろうとは。
けれど、不思議と腹は立たない。団子の甘みと、茶碗の笑い声が重なる夜――。似ているからこそ、妙に心地よい縁が育っていく。




