第9話「うわん、聞いてほしいだけなんです」~それって、ただの“かまってちゃん”? それでもいいじゃん~
「う わ ん!!!!!」
「はい、びっくりしました。どうぞ、椅子におかけください」
「えっ!? そんな冷静な対応、初めてなんだけど!?」
ことのは堂の引き戸を開けた瞬間、大声で叫びながら飛び込んできたのは、全身を金色のマントで包んだ妖怪だった。
(……というか、声でかっ)
耳の奥がジンジンする。今、物理的に鼓膜を攻撃された気がした。
「あなた、“うわん”という妖怪ですね?」
「そうそう! さすが話が早い! ねぇねぇ、“うわん!”って脅かされるのって、ちょっとスカッとしない?」
「しません」
「しないのかあ~……」
(100回やられても、たぶん100回しない)
うわんは、自分の名前を呼んだ者の前に現れては、全力で「うわん!!!」と叫ぶだけの妖怪である。
その行動の目的は、ただひとつ。
「……注目されたいんです」
(出た、“妖怪界のかまってちゃん”)
「誰も僕のこと、話題にしてくれないんですよ。インパクトはあるはずなんですけどね、あっという間に忘れられちゃう……」
悲しそうに垂れたうわんの肩。
金ピカのマントがしょぼんと床にすれていた。ちょっとだけ静電気が起きて、パチッと音がする。
(なんでマント、金ピカにしたんだろ。派手すぎて、逆に記憶から逃げてるのでは)
「昔は、“ぎゃあ!”とか“きゃー!”って悲鳴が上がったんですよ。それが最近じゃ、“またお前か”って、スマホから顔すら上げてもらえない……」
(いや、それは多分、地味にトラウマになってる人の顔だと思うよ)
「つまり、“覚えてもらいたい”から、大声で驚かせてる?」
「そうです。でも最近は……リアクション薄くて。昔みたいに“うわん!”って叫んでも、誰も構ってくれない。妖怪の威厳が……」
「そもそも“うわん”に威厳、ありましたっけ」
「うっ」
何も言い返せず、うわんの金のマントがさらにしょんぼり沈んだ。
(え、このマント、湿気吸うの?)
「うわんさん。あなた、今まで“何を伝えたくて”叫んでましたか?」
「え? ……伝える? えーっと……“自分がいるよ”って……?」
「なるほど」
(承認欲求、未承認パターン)
大声で叫んでも、結局誰もその声を“聴いて”くれていなかった。
それどころか、驚いた拍子に逃げられたり、時には奉行所に通報されたこともあったという。
「“不審者がいる”って言われたときは、心が粉々になりました……妖怪なのに……」
(まぁ、妖怪もこの国じゃ“通報対象”だよな……)
「誰かに存在を認めてもらいたいなら、“声を張る”より“言葉を届ける”方が、近道ですよ」
「でも、僕……話すの苦手で……人の前に出ると、つい“うわん!”って叫んじゃうんです……」
「癖になってるんですね」
「うわん症候群かもしれないです……」
「いやそれ、勝手に病名つけないでください」
(どこかの大学が研究始めそうな名前だな……)
「それでも、今日ここに来て“話そう”としてるじゃないですか。叫ぶんじゃなくて、ちゃんと“言葉”を使おうとしてる」
うわんの金色のマントが、すこしだけ持ち上がった。
「……話すの、怖かったんです。声を出しても、誰も振り向いてくれなかったから。でも、こんなふうに誰かに“聞いて”もらえたの、初めてです」
「誰かに知ってほしいと思うことは、決して恥ずかしいことじゃありません。でも、“大きな声”だけじゃ伝わらないものもある。だから、今日みたいに、まず座って話してみる」
「……そっか。“叫ぶ”ばっかりだったかも」
「“うわん”だけじゃ、君の全部は伝わらないでしょう?」
「……!」
うわんの目がじんわりと潤んだ。妖怪にも、涙腺ってあるのか。
(なんか……母性本能くすぐられてる気がする……)
後日。町の縁日を散歩していた高道は、妙な屋台を見つけた。
そこには、手作り感あふれる看板がぶらさがっていた。
『妖怪うわんの うわん!紙芝居』
~あなたの心に うわんと一言 届けます~
「……芸風、変わったな」
「高道さま~!見ててくださいね! 次の演目、うわん感動バージョンです!!」
「感動バージョン……?」
(まさか、“うわん”だけで泣かせる気じゃ……)
幕が開いた。
手作りの紙芝居台の向こうから、うわんが切なげに語り始める。
「うわん……!うわん……!! 聞いて……聞いてくれた……ありがとう……」
――観客、号泣。
大人も子どもも、なぜか涙。隣のおじさんに至っては鼻をすする音が止まらない。
そこにあるのは、叫びではなく、ちゃんと伝えようとする“言葉”だった。
(……やるじゃん、“かまってちゃん”)
誰かに気づいてもらいたい――
その気持ちは、時に“うるさい”と思われることもある。
けれど、ほんの少し伝え方を変えるだけで、
“うわん”の声は、ちゃんと誰かの心に届くのだ。