表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

88/142

第88話銭の音に宿るもの〜負け犬の流儀〜

ことのは堂に、ころんころんと陶器の塊が転がり込んできた。丸い胴に小さな目と口。貯金箱の付喪神であった。

「……わしはもう用済みじゃ。今の若者は銭を貯めず、洒落た財布に銭を入れて遊び歩く。わしなんぞ、棚の隅に転がされて忘れられておる」

高道は茶を注ぎ、にっこり微笑んだ。

「なるほど。ですが人の心には“負け犬効果”というものがございます」

「まけいぬ……?」

「ええ。勝ち馬に乗るよりも、弱ったり見捨てられたりした存在に、かえって愛着や同情を寄せる心理です。弱い犬を可哀想に思って撫でたくなるのと同じ。あなたも“古いからこそ”心を動かすのですよ」

付喪神は「ふむ」とうなったが、まだ信じられぬ様子だった。


ーーーーーーー


翌日、二人で町を歩いた。露店の脇に置かれた付喪神を見て、子どもが指を差した。

「見て! 丸くて可愛い!」

母親も笑って頷く。

「昔はこういう貯金箱で銭をためたのよ。懐かしいねえ」

若い衆の一人が冗談めかして言った。

「壊れそうで心配だけど……なんか捨てられねえんだよな」

「弱っちいのに必死に銭を守ってる感じが、応援したくなる」

その言葉に、付喪神は思わず目を見開いた。

「……わしが、弱いからこそ?」

 高道はうなずいた。

「そう、人は強さだけに惹かれるわけではありません。欠けや脆さにこそ、心を寄せるのです」

さらに歩いていると、酒屋の主人が声をかけてきた。

「おう高道、珍しいもんを連れてるな!」

「こちら、貯金箱の付喪神です」

「ほほう。ちょうどよい、店先の呼び込みに置いてみんか? “銭をためれば幸せ来る”なんて札をぶら下げたら、縁起がよさそうだ」

試しに置いてみると、通りかかった客が次々と銭を入れていった。

「お賽銭代わりに一枚!」

「なんだか入れないと損をしそうで」

銅銭がぽとりぽとりと腹に落ちるたび、付喪神の体が嬉しそうに鳴った。

けれど、その夜。

「わしは……また人の欲を吸う器に戻るのか?」

付喪神は胸を押さえ、複雑な表情をした。

「わしはただ忘れ去られるより、人に笑われる方がましなのか。だが、それでは“負け犬”を受け入れることにならんか?」

葛藤に揺れる声を聞きながら、高道は穏やかに言った。

「笑われることと、愛されることは紙一重。誰も見向きもしなければ本当に空っぽですが、笑われながらも銭を入れられるのは、あなたが人を惹きつけている証なのです」

付喪神はころりと横になり、しばし沈黙した。そして不意に口を尖らせた。

「……つまりわしは、負け犬の看板役者か」

「そうですね」

「そこは否定せい!」

 二人して声を上げて笑い、町の夜に銭の音がころんと響いた。


夜。ことのは堂に戻った付喪神は、自分の腹の中を揺らしてみた。

しゃらり、と銭の音が響く。

「まだ、音が鳴る……わしは空っぽではないのだな」

高道は障子を閉めながら微笑んだ。

「ええ。負け犬と呼ばれることも、弱さと見られることも、時に人を惹きつける力になるのです」

月明かりの下、付喪神はころりと横になった。

その腹の奥で、まだ見ぬ小判がひとつだけ静かに光っていた。


ーーーーーーー


あれから数日。町の人々は、すっかり貯金箱の付喪神の虜になっていた。

「おーい、弱っちい貯金箱さん、今日も元気かい?」

「わしは壊れかけておるんじゃ……」

ころりと腹を揺らし、わざとヒビを見せる。

「まあ! かわいそうに……銭を入れてあげましょう」

じゃらん。

「はぁ……銭を守るのも、もう辛うて……」

「よしよし! わしの小銭やるから元気出せ!」

ちゃりん。

――すっかり“負け犬商法”で銭を稼いでいた。


ことのは堂で高道は茶をすすりながら呆れた。

「……まさか、ここまで負け犬効果を逆手に取るとは」

「当然じゃ! わしは負け犬であるほど勝つのだ!」

「いや、その言い回し、破綻してますよ」

そこへ、近所の子どもが駆けてきた。

「ねえ! この貯金箱さん、泣きそうな顔して“もう誰も入れてくれんのじゃろ”って言うんだよ!」

「で、銭を入れたら“ふはは、まだわしは死なん!”と笑いよった」

高道は頭を抱えた。

「……もはや同情ではなく、半分お笑い芸だ」

付喪神は胸を張る。

「弱さを演じ、銭を集め、人を笑わせる――これぞわしの生きる道よ!」


その夜。腹いっぱいに銭を鳴らしながら寝転ぶ付喪神を見て、高道は苦笑した。

「負け犬効果も、ここまで使えば立派な商売ですね」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ