第83話「不思議な灯 」〜狐火が照らす心の影〜
ヨイノの国、薄暮に染まる山間の村。
石畳の道に提灯の明かりが揺れ、妖怪と人間が肩を並べて暮らすこの地は、どこか懐かしくも不思議な空気に満ちていた。
ある晩、村に異変が起きた。
山の奥から青白い狐火が現れ、夜ごとに村人の失敗や過ちを照らし出した。
商人の太郎は、売れなかった品を「天気が悪いせいだ」と嘆き、鍛冶屋の次郎は折れた刀を「鉄が悪かった」と言い訳した。狐火はそんな彼らの言葉を嘲笑うように揺らめき、村に不穏な空気を漂わせた。
村人たちは口々に「自分のせいじゃない」と叫び、互いを責め合った。
高道はことのは堂で、村の長老から話を聞いた。
「あの狐火、ただの妖怪じゃない。人の心を暴く何かがある」と長老は眉をひそめる。
高道は静かに頷き「自己奉仕バイアスだな」と呟く。人は成功を自分の手柄とし、失敗を外部のせいにする傾向がある。狐火は、その歪んだ心を映し出しているのかもしれない。
翌夜、高道は狐火が現れる山の小道へ向かった。提灯を手に、着物の裾を軽くたくし上げ、闇に揺れる青白い炎を見つめる。
狐火はまるで生き物のように高道の周りを舞い、囁くような声を発した。
「人間め、失敗を他人のせいにするか? 笑止千万!」
その声は嘲りを含みつつ、どこか寂しげだった。
高道は落ち着いた口調で語りかけた。
「あなたも随分と楽しそうですけど人の失敗を照らして何になりますか?自分の存在を証明したいだけじゃないですか?」
狐火は一瞬揺らぎ、黙り込んだ。
高道は続ける。
「村人たちは確かに言い訳ばかりだ。でも、あなたがそれを笑うことで、彼らはますます自分を守ろうとする。悪循環です」
狐火はふんと鼻を鳴らし、「人間の心など、どうでもいい」と吐き捨てたが、その光はわずかに弱まった。
高道はことのは堂に戻り、村人たちを集めることにした。彼は堂の中央に不思議な道具——「鏡玉」を置いた。触れる者の心を映し出す、曇ったガラス玉だ。「これを見て、自分の失敗と向き合ってみてください」と高道は穏やかに促した。
最初に手を伸ばしたのは商人・太郎だった。鏡玉に映ったのは、品物を粗末に扱う自分の姿。
「天気のせいじゃない。俺が客の好みを考えなかったからだ…」と彼は呟き、顔を赤らめた。
次に鍛冶屋の次郎が玉に触れると、刀を急いで打ち、丁寧さを欠いた自分が見えた。
「鉄のせいじゃなく、俺の焦りが原因だった」と肩を落とした。
村人たちは一人また一人、鏡玉を通じて自分の責任を見つめ始めた。だが、狐火はまだ村を離れず、夜ごとに現れては嘲笑った。高道は気づいていた。狐火自身も、何かから目を背けているのだ。
数日後、村は少しずつ変わり始めた。鏡玉を通じて自分の失敗を認めた村人たちは、互いに謝り合い、助け合うようになった。
商人・太郎は客の声を聞いて品物を工夫し、鍛冶屋の次郎は丁寧に刀を打ち直した。
だが、狐火は依然として山に現れ、村人たちの変化を冷ややかに見つめていた。
高道は再び狐火のもとへ赴いた。
今度はことのは堂から別の道具——「言霊の鈴」を持参していた。
鈴を振ると、聞く者の本心を引き出す音が響く。
高道は狐火の前で鈴を軽く振り、柔らかな音を響かせた。「あなたは何をそんなに嘲笑いでしょう? 人の失敗を照らして、何の得があるんですか?」
狐火は一瞬、激しく揺らめいた。
「人間は愚かだ! 自分の弱さを認めず、言い訳ばかり。俺はそれを暴くだけだ!」
その声には怒りと共に、どこか切なさが混じっていた。高道は静かに微笑んだ。
「あなたも、失敗を他人のせいにしたいんじゃないですか? 自分にできるのは人を惑わすことだけだと、そう思っていますね」
狐火は言葉に詰まり、光が不安定に揺れた。
高道は続ける。
「心理学に、自己奉仕バイアスというものがあります。人は自分の失敗を外部のせいにしたがる。妖怪だって同じだ。あなたは村人を嘲笑うことで、自分の無力感を誤魔化してるんじゃないですか?」
鈴の音が再び響き、狐火の光が弱まる。
やがて、狐火は小さな狐の姿に変わった。
青白い毛並みのその妖怪は、目を伏せて呟いた。
「俺は…人を導く力なんてない。ただ惑わすだけ。それが俺の存在だ」その声は、嘲笑とは裏腹に深い孤独を帯びていた。
高道は膝を折り、狐と目線を合わせた。「惑わすだけじゃないですよ。あなたは村人に自分の失敗を見せつけた。そのおかげで、彼らは変わり始めた。導く力がないなんて、ただの言い訳です」彼は言霊の鈴をそっと狐に差し出した。「これを振ってみてください。自分の本心を聞いてみましょう」
狐は戸惑いながらも、鈴をくわえて振った。
澄んだ音が響き、狐の目に涙が浮かぶ。「俺は…人を導きたかったのかもしれない。でも、できなかった。だから、嘲うしかなかったんだ…」
高道は頷き、優しく言った。
「なら、これからやってみればいい。村人たちはあなたのおかげで変わったんだ。少しずつでいい、導く妖怪になっていきましょう」
翌朝、村人たちが山に集まった。
狐火——いや、青狐と名乗ったその妖怪は、初めて穏やかな光を放ち、村人たちを照らした。それは失敗を暴く光ではなく、彼らの努力や変化を称える光だった。村人たちは驚きつつも、笑顔でその光を見つめた。
高道はことのは堂に戻り、鏡玉と言霊の鈴を棚に並べた。「さて、次はどんな悩みが来るかな」
と呟き、着物の袖を払う。




