第80話「月見の混乱」〜祭りも石も泥だらけ〜
十五夜の月はますます冴えわたり、町全体を銀色に包んでいた。
しかし、その静謐な光景とは裏腹に、ヨイノの町はどこもかしこも落ち着きを失っていた。
「さあ! 星の石を探すラビ!」
宇宙服をきらきら光らせながら、ラビはぴょんぴょんと先頭を跳ね回る。その声に子どもたちが続いた。
「お頭ー!」「石はどこだー!」
小さな行列はあっという間に大きな渦となり、魚屋の前で井戸を囲むと、子どもらは桶を担いで「星の石はここだ!」と叫びながら水をかき回しはじめる。水しぶきが飛び散り、通りすがりの商人が頭からびしょ濡れになった。
「こら! うちの井戸で何をするんだ!」
怒鳴る声もどこ吹く風。
「ラビがここを掘れって言ったんだ!」
「石が沈んでるかも!」
子どもたちは大真面目に土を掘り返しはじめ、ついには井戸端が泥沼と化す。
その一方で、別の一団は屋根に登り、「月に近いところに石があるはずだ!」と瓦をめくりだす始末。ぱりん、と瓦が割れる音に、家主が青筋を立てて飛び出してきた。
「ぎゃーっ! やめんか! 月見どころじゃないわ!」
さらに別の子どもらは、供えられた玉羊羹をひょいひょいと積み上げ、
「見ろ、丸いぞ! これは石に違いない!」
と満面の笑み。
だが玉羊羹の塔は無情にもぐらりと崩れ、ころころと四方に散らばる。
通りのあちこちから悲鳴と笑い声と怒号が入り混じり、十五夜の祭りはまるで戦場のようになっていた。
「ふむ……見事に流されてますね」
ことのは堂の高道は、軒先に腰を下ろして湯呑を手にしながら騒動を眺めていた。
「人は“まとめ役”や“お頭”が示す方向に、たとえ無茶でもつい従ってしまう。周りもみんなやっていると、自分だけ逆らえなくなる。これが“リーダー集団効果”なんです」
隣にいた年寄りが首を傾げる。
「はあ、なんだか難しいのう。わしにはただの大騒ぎに見えるが」
「ええ、大騒ぎそのものですよ」
高道はため息まじりに答える。
そのとき――
「高道さん! 町役人からのお願いです!」
ばたばたと駆け寄ってきた若者が、高道の腕をぐいと掴んだ。
「この混乱をなんとか収めてください!」
「いえ、私はただの相談屋で……」
「高道さんみたいに冷静に見れる人が必要なんです!」
問答無用で引っ張り出され、高道はいつの間にか“騒ぎの警備役”に担ぎ出されてしまった。
「止まりなさい、そこ! 屋根の瓦は石じゃありません!」
「それに玉羊羹は食べ物です! 積み上げても石にはなりません!」
ことのは堂の高道は声を張り上げ、必死に群衆を制した。だが、子どもたちは頬を泥で汚しながら笑い、耳を貸そうとしない。
「だってラビがお頭だもん!」
「ラビが石って言ったんだもん!」
無邪気な声が夜気に弾ける。その中心では、月の光を浴びたラビが胸を反らし、ぴょこんと跳ねていた。
「みんなすごいラビ! 石を見つけるまで、ぜったい諦めないラビ!」
その一言でさらに熱気が広がり、祭り囃子すらかき消す勢いで町全体がざわめき立つ。
高道は泥に足を取られつつ、井戸に落ちかけた子を片腕で引き上げ、泥まみれの子を抱きかかえ、さらに屋根の端にぶら下がる子へと声を張った。額から泥水が滴り落ち、袴は重みで脚にまとわりつく。
「なぜ……僕がこんな役回りに……」
全身泥だらけで天を仰ぐ高道。その視線の先では、雲一つない満月が涼やかに輝き、まるでこの騒ぎすらも余興と見透かしているかのように、微笑んでいた。
騒ぎのさなか、不意にひやりと風が渡った。ざわり、とススキの穂が波打ち、川面に浮かぶ満月が揺らめく。高道は子どもを抱き上げながらふと空を仰ぎ、苦笑して小声でつぶやいた。
「さて……この熱狂、どこで終わるのやら」
泥だらけの顔を見た子が首をかしげる。
「たかみち、なんで笑ってるの?」
「いやな、僕もわからないんだ」
その声は喧噪に呑まれ、誰の耳にも届かない。ただ高く昇る月だけが、静かにそれを聞いているように輝いていた。




