第8話「猫又、ひとり寝できません」~ひとりがイヤって、ワガママなの?~
「……で? どうして僕の布団に、猫が二匹いるのか説明してくれる?」
深夜。高道は、静かに布団の端をつまんだ。ほんのり、あったかい。いや、ぬくい。猫が入った布団の熱量をなめてはいけない。
一匹は、ただの猫。白黒のぶち模様が愛らしい。
もう一匹は、猫又だった。こっちは布団の中で“くるん”と丸まり、しっぽ二本で器用に頭をおおっている。
「え~? 高道さま、ちょっとだけ寒かっただけですよぉ。猫は暖かいとこ好きって言うじゃないですかぁ~」
「知ってます。でも君、人語を話す妖怪で、火も使えるし、布団も自分の部屋にあるでしょ?」
「えへへ、細かいことは気にしない方向で~」
(気にしろ。そして出ていけ)
高道は笑顔を保ちつつ、心の中では冷静にツッコミを入れていた。毎晩のこととなっては、もはやルーティンである。
数日前の深夜——
ことのは堂の玄関を、ぴょこっと開けて猫又が顔を出した。満月の夜だった。光に照らされた金の瞳が、やけに頼りなげに見えたのを、高道は今でも覚えている。
「こんばんは~……あの、今日、寝かせてもらってもいいですか?」
「理由は?」
「……なんか、実家の天井がミシッって鳴って怖かったんです……」
「“なんか”で泊まるな」
「あと、布団が冷たかったんです……」
「湯たんぽ詰めといてください」
「あと、窓から月がこっち見てて……あれ、絶対見てましたよね……?」
「それはただの月です。通報もしません」
たしかに、満月がこちらをにこにこと見下ろしていた。が、それは夜空の仕様だ。
「あと……あと……急にお団子食べたくなって……」
「寝てください」
猫又はしょんぼりと背中を丸め、それでもちゃっかり座敷の隅で布団を引っ張り出していた。
(ふむ。これは“夜の孤独”を過剰に感じてしまうタイプ)
(不安を“怖い”って変換して、誰かのぬくもりで埋めようとする……よくある依存傾向のひとつ)
その日は、わりと強めに「今日だけですよ」と釘を刺した。猫又も「はいぃぃ」と、へにゃっとしながら返事をしていたのだが——
翌日、また現れた。
そして翌々日も、そして今夜も。
今や“居候”というより“勝手に居ついている”と言った方が正確だった。
「ひとりで寝るの、苦手なんです……
なんか、悪夢とか、天井のシミとか、壁の染みとか、思考のシミとか……」
「最後のは心の病です」
「しーん……ってなると、頭の中がどんどん騒がしくなって……
“誰にも必要とされてない気がする”とか、“このまま誰にも知られずに消えるんじゃ”とか……」
(はい出ました、ネガティブスパイラル夜間版。無限再生仕様)
「ほら、怖い紙芝居とかって、見ると怖いじゃないですか。ああいうの、現実じゃありえないと思ってても、夜中だと“あり得るかも……”って思っちゃうんです……」
「じゃあもう紙芝居見ないでください」
「でも……おばけが“ギャー!”って出てくるやつじゃなくて、“シーン……”って静かな系のやつなんですよぉ……ああいうの、逆に後引きません?」
(分かる。地味なやつの方が脳裏に居座る)
ちなみに猫又が言っていたのは、子供たちに人気の『階段下の部屋』という最近流行りの紙芝居だった。何も起きないのに怖いと話題の作品である。
「で、思ったんですけど……」
「はい」
「一人で寝るのって、命がけじゃないですか?」
「しれっと壮大に言わないでください」
その日、猫又はホットミルクを片手に布団の端でブルブル震えていた。しかもホットミルクには、マシュマロが三つも浮かんでいた。どこから出した。
「猫又さん」
「にゃ?」
「あなた、“誰かと一緒にいたい”って気持ちを、ちょっと引け目に感じてませんか?」
「……う。……はい」
「誰かを頼るのって、ダメなことだと思ってる?」
「だって、ひとりで平気な人って、カッコいいじゃないですか……
どこでも寝られるとか、ひとり旅が好きとか、怖い紙芝居もひとりで観るとか……
それに比べて私って、“ひとりじゃ不安ですぅ”なんて、甘ったれで……」
「誰かといたい=依存ではありませんよ」
「でも……弱く見えるし……」
「そう思える心があること自体が、壊れてない証拠です」
高道は湯呑を置き、まっすぐ猫又を見た。
「誰かを頼りたいって感情は、“一緒に生きたい”ってこと。あなたの感情は、甘えじゃない。“生きてる心”なんです」
猫又の目がまんまるになった。しっぽの先が、ピンと伸びて、それからくるんと丸くなった。
「……でも、もし嫌われたらって思うと……“寂しい”って言うのも怖いんです」
「じゃあまず、ただ“一緒に寝たい”って言ってみましょう」
「それはOKなんです?」
「それはOKです」
「じゃあ……来世もそのセリフ使っていいですか?」
「……輪廻をまたがないでください」
その夜、猫又は堂々と宣言した。
「高道さま、今夜は……冷えます! ので、すみっこに、ちょっとだけ失礼いたします!」
「すみっこ、もはや君の定位置ですよね」
「えへへへ……えっ、これ、正式に許可されたってことでいいです?」
「……ええ、寒いので一緒に寝ましょう」
「ひゃっほーい!!!」
猫又は、しっぽをプロペラのように回転させながら布団にダイブした。あまりに勢いがすごくて、普通の猫がびっくりして逃げた。
「わー! あの子、嫉妬しました? してましたよね? あれ恋敵の目でしたよね!? やだ三角関係!」
「違います。君がうるさいから逃げただけです」
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(孤独に耐えることを“強さ”と誤解してる子は多い)
(でもほんとは、“寂しい”って言える方が、ずっと勇気がいる)
(この子も、少しずつ慣れていけばいい。頼ることも、甘えることも、感情を出すことも、全部“生きてる証”なんだから)
今、隣では猫又がすうすう寝息を立てている。まるで小さなエンジン音のような、穏やかなリズム。
その夜、ことのは堂には、ちいさな寝息がふたつと、ほんの少し、あたたかい空気が流れていた。