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第79話「月からの来訪者」〜星の石を求めるラビと町の熱狂〜

十五夜の夜。ヨイノの国の空は、まるで磨かれた銅鏡のように冴え冴えと輝く満月に照らされていた。川面は銀色に揺れ、町家の屋根瓦も月光を浴びてしっとりと輝く。道端では子どもたちが「お月見だんごー!」と声を張り上げ、縁側では年寄りが盃を傾け、どこもかしこも浮き立つ空気に包まれていた。

そんな賑やかな宵、ことのは堂の高道はひとり、庭先で湯呑を手にしていた。湯気の向こうにぼんやりと光る月を眺めつつ、「やっぱり十五夜の茶は甘く感じるな」と独りごちる。

そのとき――空に、ひと筋の影が走った。

すい、と月を横切る黒い点。次の瞬間、ひゅごごご、と耳慣れぬ音が山の方から響き渡る。見上げれば、何やら火花を散らす小舟のようなものが宙を滑っている。しかも一人乗りらしく、操縦桿を握る小柄な影が、あわあわと手足を振り回しているではないか。

「……ん? 船? いや、あれは……」

高道が目をこすっている間に、その小舟はごん、と地面に突き刺さった。煙がもくもくと上がり、しばらくすると、そこから何かが走り出してくる。

月明かりに照らされたその姿――耳が長く、真っ白な毛並み、丸い瞳。そして身体全体をすっぽり覆う、奇妙な白い衣。頭には金色の丸い兜、胸には銀色の板。背中にはごつい箱が背負われ、管やらボタンやらがきらきら光っている。

「う、うさぎ……? だが服は……(宇宙服?)」

呆然と見守る高道に向かって、その生き物はぴょんぴょん跳ねながら駆け寄ってきた。

「やあ! ボク、ラビ! 月から来たラビ! 星の石を探しに来たラビ!」

宇宙服姿のうさぎは、やけに張り切った声でそう名乗った。語尾に「ラビ」が付くたび、高道の眉間の皺は深まる。

「そうですか……星の石、ですか。ところで“ラビ”とはなんですか?」

「名前ラビ! 口癖ラビ! 怪しくないラビ!」

胸を張るラビ。しかし言えば言うほど胡散臭さが増していく。

そこへ町の子どもたちが駆けてきた。

「わあ! 耳が長い! 歩いてる!」

「すげえ、本物のうさぎが立ってる!」

「一緒に遊びたい!」

子どもたちは大はしゃぎでラビを取り囲んだ。ラビは得意げに耳をぴんと立て、胸のボタンを押す。すると背中の箱から、ぴかっと光が走った。

「これが月の科学ラビ! どうだ、すごいラビ!さぁ、僕についてくるラビ」

光に目を丸くした子どもたちは、口々に叫んだ。

「ラビがお頭だ!」

「ついて行こうぜ!」

その声が広がるのは早かった。路地から町人たちが顔を出し、魚屋の親父まで「ほほう、お頭様か」と顎を撫でる。やがて「ラビさまを先頭に星の石を探そう!」と盛り上がり、町全体が妙な熱気に包まれていく。

高道は湯呑を置き、額を押さえた。

「これは……リーダー集団効果、だな」

傍らの子どもが首をかしげる。

「りーだー……しゅーだん?」

高道は苦笑して答えた。

「人はね、誰かが“リーダー”と名乗ると、たとえ相手がうさんくさくても、周りがその言葉に乗せられやすくなるんだ。しかも、みんなが従いはじめると、ますます自分も従わなきゃと思ってしまう。これが“リーダー集団効果”だ」

子どもは「ふーん」と言いながらも、もう耳はラビの方へ向いている。ラビは群衆の中心で、ぴょこぴょこ跳ねながら宣言した。

「星の石を見つければ、みんなの願いがかなうラビ!」

「おおーっ!」と歓声が上がる。魚屋も豆腐屋も酒屋も一斉に拳を振り上げ、「ラビさまについて行くぞ!」と叫ぶ。

月明かりの下、町人も子どもも妖怪たちまで混じり、行列を組みはじめた。先頭にはぴょんぴょん跳ねる宇宙服のうさぎ。誰もがその背中を追いかけて走り出す。

取り残された高道は、深いため息をつき、湯呑を空に掲げた。

「さて……この騒ぎ、どこへ転がることやら」

夜風に揺れるススキが、月の下でさらさらと笑ったように見えた。

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