第77話「ぽよん保育所奇譚」〜自分勝手なプリン騒動〜
昼下がりのこと。ことのは堂の高道は、保育所の戸口に立っていた。庭からは子どもたちの甲高い笑い声が響いてくる。
扉を開けた瞬間――どん!と視界いっぱいに飛び込んできたのは、まさしく“胸山”の迫力だった。まんまるで柔らかく、まるで羽毛布団のようにふんわりと揺れる巨乳が、小さな肩幅から堂々とせり出している。光を受けて艶やかに反射し、動くたびにふわり、ぷるん、と揺れるその様子に、高道は思わず一歩後ずさり。子どもたちの笑い声と木漏れ日が差し込む保育所の室内が、いっそう温かな、ふわふわした空気に包まれた。
「高道さーん! おお、ちょうどいいところに!」
現れたのは、巨乳妖怪にしてスーパー保育士、ちーのうや・ヤヨイ。林檎のようなほっぺを紅潮させ、満面の笑みで高道を迎えた。
「今日も困ったことがありまして……」
と彼女が指差す先では、黄金色に輝くプリン一つをめぐって、子どもたちが大乱闘。表面は艶やかでなめらか、カラメルの香ばしい甘い香りがふわりと漂う。人間の子も妖怪の子も入り乱れ、スプーンを握りしめ、皿を引っ張り合いながら泣き叫ぶ。まるで小さな地響きのような喧噪の中、プリンは光を反射して今にもとろけそうに輝いていた。
「みんな、順番こだよ!」
ヤヨイが必死に声を張るが、誰一人聞いちゃいない。
高道はため息をついた。
「なるほど、これは“自己中心性”の典型ですね」
ヤヨイが小首をかしげる。
「じこちゅう……? わがままってこと?」
「いやいや、それとはちょっと違います」
高道は袖をくいっと直し、解説モードに入る。
「子どもは三〜四歳くらいの頃まで、“自己中心性”が強い。つまり、世界を自分の視点だけで見てしまうんです。たとえば“自分が見えているものは相手も見えている”と思ったり、“自分が欲しいものは相手も欲しいに決まっている”と信じているんですな」
「だから、あの子ら全員が“プリンは自分のもの”と思ってるわけね」
「そういうことです」
ヤヨイは腕を組み(胸もどっしり組まれて高道がよろめいた)、ふむふむと頷いた。
「じゃあ、どうしたらいいのかな?」
高道はにやりと笑った。
「簡単です。子どもたちに“自分以外の視点”を体験させればいい」
そこで始まったのが「プリン劇場」だった。
高道は子どもたちを円座に集め、一つのプリンを中央に置いた。
「さて、これはみんなのプリンです。」
子どもたちの瞳がぎらりと光る。
「じゃあ、まず“相手の気持ちを考えて”発表してもらおう。『自分じゃなく、あの子が食べたら嬉しい』って言えた子に、一口目を譲ることにしよう」
子どもたちは顔を見合わせ、ざわついた。
「そんなのイヤだ!」と叫ぶ子もいれば、しばし沈黙してから「……あの子が食べたら嬉しいかも」とぽつり言う子もいる。
その瞬間、空気が変わった。
「じゃあ、次は自分が食べたい理由を話してみよう」
「昨日、おやつ抜きだったから!」
「ぼく、甘いの大好き!」
子どもたちが次々と自分の気持ちを言葉にし始める。
「なるほどなるほど。じゃあ交代でちょっとずつ食べようか」
ヤヨイが大きなスプーンでプリンをすくい、子どもたちに回し始めると、不思議とみんな満足げだった。
「高道さん、すごいですね!」
ヤヨイは目を輝かせる。
「ただプリンを分け合っただけじゃなくて、自分の気持ちと相手の気持ちをつなげる練習になったんですね」
「そうですね。子どもたちが“自己中心性”から少しずつ抜け出していくには、こうやって“気持ちを共有する体験”が大事なんです」
ーーーーーーー
夕暮れ時。保育所の庭は茜色に染まり、子どもたちはすやすやと昼寝明けのように穏やかな顔をしていた。
その様子を見ながらヤヨイは胸を張った。
「やっぱり保育って楽しいです。子供達は泣いたり叫んだり、わがまま言ったり……でも、それが成長の道なんです」
高道は頷き、空を見上げた。
「ええ。今日のプリン騒動も、きっといい経験になりますよ」
ヤヨイは満面の笑みで、子どもたちを布団にかけて回った。
そう言って苦笑した高道の声と、子どもたちの夢の中の笑い声が、保育所の夕暮れに溶けていった。




