第75話「ぽよん保育所奇譚」〜泣き虫の心と感情の芽〜
ことのは堂の高道が、ヨイノの町外れにある保育所を訪ねたのは、春の陽気が差し込む午後のことだった。
扉を開けると、目に飛び込んでくるのは、どんと迫力あるヤヨイの巨乳。童顔に満面の笑みを浮かべ、「いらっしゃいませ〜!」と愛嬌たっぷりに迎えられる。保育所の中では、泣き声と笑い声が入り混じり、妖怪も人間も分け隔てなく遊んでいる。
「高道さん! 今日も相談に乗ってくださいな!」
ヤヨイが抱えてきたのは、小鬼の男の子。名をコタロウといい、少しのことで泣いてしまう。転んでは泣き、おやつが減って泣き、友達に声をかけられても泣いてしまう。
「こりゃ、なかなか大変そうですね」
高道は穏やかにうなずいた。
「先生、どうしたらいいんでしょう? 泣いてばかりで、ほかの子と遊べないんです」
ヤヨイの大きな胸に埋まりながら、コタロウは「うえぇ」と鼻をすすっている。
「実はですね、子どもの感情には“発達の段階”があるんです」
高道は子どもたちを横目に見ながら話し始める。
「最初は『快か不快か』だけ。お腹が空けば泣くし、心地よければ笑う。それが次第に『怒り』『恐れ』『喜び』といった、もう少し細かい感情が生まれてくるんです。コタロウくんは、ちょうどその途中にいるんでしょう」
「なるほど〜。泣いてばかりに見えても、ちゃんと成長してるってことですね!」
ヤヨイは目を輝かせ、こくこくとうなずいた。
その時、保育所の片隅で小さな事件が起きた。
一人の人間の女の子が、積み木を高く積み上げて「できた!」と声を上げた瞬間、コタロウが近寄ってしまい――塔はガラガラと崩れてしまったのだ。
「うわああああ!」
女の子が泣き出し、コタロウも「ぼくじゃないもん!」と大泣き。保育所の空気は一瞬にして涙の渦に包まれる。
ヤヨイが慌てて駆け寄ろうとしたが、その前に高道が手を上げた。
「ちょっと待ってください、ここが肝心です」
高道は泣く二人を優しく見やり、周りの子どもたちに声をかける。
「みんな、二人はいま“悲しい”と“怒ってる”でいっぱいなんだ。じゃあ、どうしたら少し楽になるかな?」
子どもたちは首をかしげ、やがて一人が「おもちゃを分けてあげる」と言い、別の子が「歌をうたう!」と提案した。
その声に導かれるように、ヤヨイが胸を張って明るく歌い出す。子どもたちも手拍子を始め、泣いていた女の子とコタロウも、涙の合間に少しずつ笑みを浮かべていった。
「見ましたか?」と高道はそっとヤヨイに言う。
「感情は、ただ抑え込むのではなく、共感して受け止めてもらうことで整理されていきます。そして、周りの子どもたちが関わることで“新しい感情の扱い方”を学んでいくんです」
「おおお……!」
ヤヨイは感心して大きな胸を上下に揺らした。
「つまり泣き虫でも、仲間と関われば感情の芽が伸びていくんですね!」
「その通りです。泣き声は、成長の合図なんですよ」
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夕暮れ時、茜色に染まった空の下で、保育所の門がにぎわいを増していた。仕事帰りの親たちが次々と子を迎えに訪れ、子どもたちは駆け寄って抱きつき、家路へと戻っていく。
その人の波の中で、小鬼のコタロウは少しうつむきながらも、隣に立つ女の子の小さな手をぎゅっと握った。頬を赤らめて、か細い声で「ごめんね」とつぶやく。女の子は驚いたように目を瞬き、それから柔らかく微笑んで「いいよ」と答えた。そのやりとりを見守る夕日が、二人の影を長く伸ばしていく。
ヤヨイは胸の奥がじんわり熱くなり、思わず目頭を押さえた。
「高道さん、子どもって……すごいですねぇ。感情の発達って、まるで花が咲くみたいです」
「ええ、ヤヨイさんのおかげですよ。胸を張って――いや、胸を張りすぎずに、これからも支えてあげてください」
高道の真顔に、ヤヨイは思わずぷくりと頬をふくらませる。
「高道さん! 最後のひとことはいりません!」
その様子に残った子どもたちがくすくすと笑い、夕焼けに包まれた保育所には、今日一日を締めくくるような温かな笑い声が広がっていった。




