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第73話『チッチッチ夜雀、目薬商売』〜催眠商法のからくり〜

宵闇の田ノ口宿。

茶屋の縁台に腰を下ろし、湯呑を手にした高道は、ほっと息をついた。

「いやぁ、人って不思議なものでしてね。たとえ粗末な品でも、大勢で“これは良いものだ”と持ち上げたりおだてたりして勧められると、つい欲しくなってしまうんです。これを催眠商法といいます。」

茶屋の婆が首をかしげる。

「さいみん……なんでぇ?」

「大げさな口上や、みんなで盛り上げる雰囲気に心を揺らされてしまって、冷静な判断ができなくなるんです。まるで夢の中にいるような気持ちになって、財布の紐をゆるめてしまうんですよ」


その時。林の方から「チッチッチ……」と不気味な囀りが響いた。

「出たぞ、夜雀だ!」

「わしの目が急に霞んできた!」

ざわつく村人たちの頭上を、黒い影がひらりと舞った。雀ほどの小さな妖怪――夜雀である。

「おやおや、皆さん、目が見えにくいのでしょう? ちょうど良い目薬がありますよ」

夜雀は小さな包みを掲げ、甲高い声で笑った。

「一本たったの銀三枚! 効き目は抜群、つければ朝にはぱっちり視界! さぁ、今なら特別に二本で六枚! どうだどうだ、買った買った!」

すると不思議なことに、周りの客らが一斉に口を開いた。

「おぉ、なんと有り難い薬だ!」

「これで拙者の目も楽になるぞ!」

「わしも二本!」

その囃し立て(はやしたて)につられ、茶屋の婆まで財布に手をかける。

「ちょ、ちょっと待ってください! お婆さん、それはいけません!」

高道は慌てて立ち上がった。

「皆さん、落ち着いてください! これは催眠商法そのものです! 夜雀が仲間を使って褒めそやし、皆さんをその気にさせているんです!」

夜雀は羽を震わせ、ククッと笑った。

「ほぅ、知った口をきくじゃないか。でも、群衆の勢いは止められまい」

村人たちは「買わねば損だ」と口々に叫び、財布を開きかける。

そこで高道は、声を張り上げた。

「皆さん! よく思い出してください! 今この場で夜雀が現れる前、誰も“目薬が欲しい”なんて言っていませんでしたよね?」

村人らはハッと顔を見合わせる。

「た、確かに……」

「わしはさっきまで元気だったぞ……」

「つまり、皆さんの目を霞ませたのは夜雀自身です。病をつくり出し、薬で治すふりをしているんですよ!」

夜雀は舌打ちし、「チッチッチ!」と囀り声を強めた。しかし――


「「「チッチッチと鳴く鳥は、シナギの棒が恋しいか!」」」

茶屋の婆が呪文を唱え、竹の棒を振り下ろす。パシン! 夜雀は地面に叩き落とされ、もがいた。


「い、忌々しい……! せっかく良い商売だったのに!」

羽をバタつかせる夜雀を前に、高道は淡々と告げた。

「人の心を操って、病を食い物にする商売は、もう終わりです。催眠商法なんて、一時の熱狂にすぎません。正気に返れば、誰も買いませんから」

村人たちが次々とうなずく。

「そうだ、危うく騙されるところだった」

「お前の薬なんか、いらぬ!」

夜雀は羽音を立てて退散し、林の奥へと消えていった。


ーーーーーーー


翌朝。宿場は澄み渡る空のもと、穏やかな活気に満ちていた。

「高道さんのおかげで助かったよ」

「催眠……商法とやら、恐ろしいものだねぇ」

高道はにこやかに湯呑を手にした。

「ええ。でも、知ってしまえば怖がる必要はありません。大切なのは“みんなで冷静になる”こと。それさえできれば、どんな囀りもただの鳥の声に過ぎませんから」

茶の湯気の向こうで、彼の笑顔は柔らかく揺れていた。


ーーーーーーーー


翌朝、田ノ口宿の茶屋前。お婆が両手を大きく広げ、声高らかに宣伝していた。

「さぁ皆さま、16の身体に良い茶葉を使用した婆特製の心と体をスッキリさせるお茶はいかがですか、これを飲めば体も心もスッキリ間違いなし!」

通りすがりの若者が首をかしげる。

「先日の催眠療法……ですか?」

「はい、はい、まるで魔法のようですよ!」

お婆は茶碗を掲げ、まるで夜雀の口上の真似をする。

「お茶を飲めば、悩みもふっとぶ! 心配事もす〜っと消える! 買わぬと損ですよ、損!」

周囲の村人たちは思わず笑い、少し離れた高道も苦笑する。

「婆さん……今度は催眠療法を活用して盛り上がってますね……」

お婆は気にせず、声を張り上げ続ける。

「さぁさぁ、心のもやもやを一掃! お茶と催眠で、皆さまも今日から健康美人に〜チッチッチ!」

小さな茶屋前は、笑いとお婆の元気な声で賑やかになった。

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