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第70話「金霊のひときらめき」 〜希少なものほど人は欲しがる〜

夕暮れ時の江戸の町。提灯に灯りがともり始め、通りには祭囃子の練習の音が響いている。ことのは堂の戸口をがらりと開けると、風に乗ってきらりと光る何かが飛び込んできた。

「おや……?」

僕、高道は思わず目を細める。畳の上に降り立ったのは、小さな金色の塊。ふわふわと浮かび上がり、まるで灯明のように部屋を照らす。

「……もしかして、金霊(かなだま)?」

そう、伝え聞く幸運の妖怪だ。家に舞い込めば財が舞い込む、しかし気まぐれに他所へ飛んでいってしまうとも言われる存在。

金霊は僕を見て、ちろりと舌を出した。

「やあやあ、ここは噂のことのは堂かい? 面白そうだから寄ってみたよ」

僕はお茶を淹れつつ、金霊を眺める。光の粒がふわふわ漂い、部屋の中を黄金色に染めている。

「なるほど……こりゃ裕福になりそうだ」

すると外から、どやどやと人の気配が押し寄せてきた。

「おい、ことのは堂に金霊が来たぞ!」

「見せてくれ、いや、うちに連れてきてくれ!」

「ちょっとだけでもいい、せめて袖に触らせて!」

瞬く間に店先は人だかりだ。僕は慌てて戸を閉める。

「まったく……人間というのは、どうしてこうも群がるのか」

金霊は呆れたように漂いながら、ふふんと鼻を鳴らす。

「ボクなんて、どこにでも行く気まぐれだってのに。珍しいと聞いた途端、価値が何倍にも跳ね上がる。」

僕は頷く。

「それを“希少性効果”と言います、人は手に入りにくいもの、限られたものほど欲しくなる。逆に身近にありすぎると、ありがたみを忘れてしまう。……心理学でもよく知られた現象です」

金霊は机の上にちょこんと腰を下ろした。

「ふーん。つまり、ボクがモテるのは“希少だから”ってだけかい?」

「半分はそうでしょう。でも残り半分は――あなたが放つ、この眩しい輝きのせいですよ」

そのやり取りを聞いていた裏手の八百屋の娘が、障子をすり抜けてひょっこり顔を出した。

「ねえ、金霊さま! どうか、うちに来てくださいな。お父っつぁんが商売で困ってて……」

すぐさま魚屋の旦那も割り込んでくる。

「いやいや、うちに来なさい。新しい桶を買いたいんだ!」

「なんだと! ならば俺の長屋に!」

押し合いへし合い、大騒ぎだ。

金霊は小さな両手(?)を振ってため息をついた。

「まったく……ボクは一度に一つの家にしか居られないのに。欲張りだなぁ」

僕はそこで思案する。

――そうだ、これも希少性効果の実験にしてみよう。

「みなさん!」と僕は手を上げた。

「金霊さまは気まぐれで、どこに行くかはお決めにならない。ですが……一夜だけ、ことのは堂に留まるそうです。その代わり、今夜ここに集まった方々は等しく“金霊の光”を浴びられる!」

「な、なんと!」

「それはありがたい!」

群衆の目が一斉に輝く。

金霊はきょとんとしつつも、やがて肩をすくめて笑った。

「ま、いっか。一晩くらいなら居てやろう」

――その夜。

ことのは堂には町中の人々が集まった。畳の上で囲碁を打つ者、三味線を奏でる者、子どもたちは金霊の光に影絵を作って遊ぶ。普段は静かな店が、笑い声と輝きで満ち溢れた。

僕は湯呑みを片手に、そっと独り言をつぶやく。

「希少性が人を動かす。しかし、こうして皆で共有すれば“特別”は薄れるどころか、むしろ広がるものだな」

金霊はにやにやしながら、障子に映る人々の影を眺めていた。

「ふむ、人間も捨てたもんじゃない。欲しがるだけじゃなく、分け合えるんだね」


ーーーーーーー


翌朝。

金霊はふわりと宙に浮き、ことのは堂を見回した。

「さて、次の家に行くとするか」

僕は笑って手を振った。

「ええ、どうぞご自由に。また気まぐれで来てください」

金霊は扉の隙間から差し込む朝日を反射し、ひときらめきして消えた。

店の中には財宝ひとつ残っていなかった。だが、代わりに昨夜の笑い声と、心地よい余韻がまだ漂っていた。

――人は希少なものを追い求める。けれど本当に大切なのは、それをどう受け取り、どう分かち合うか。

湯呑みの底に残るお茶を見つめながら、僕は小さく頷いた。

「なるほど、希少性の魔法ってのは……人の心を試す鏡なのかもしれないな」

そう呟いた時、表の通りから八百屋の娘の笑い声が響いてきた。

「ねえ、昨日の金霊さま、綺麗だったね!」

「うちも少し裕福になった気がするよ!」

――財は残らずとも、記憶は残る。

その“ひときらめき”こそ、希少性の本当の価値なのだ。

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