第7話「虫歯妖怪キュウキュウの抜歯決意」~先送りしてる間に、どんどん根が深くなるんだってばよ~
「ど、どうも……こちら、“ことのは堂”でよろしかったでしょうか……?」
開店と同時に駆け込んできたのは、全身グレーのボロ布にくるまれた小さな妖怪だった。
「えっと、相談、というか……ちょっとだけ診てもらいたいっていうか……あの、できれば抜かずに済ませたいっていうか……」
手足はガクガク、目は泳ぎっぱなし。
(ん。これは……妖怪界における典型的“逃げグセタイプ”)
「どうぞ、おかけください」
「あ、すみません……ありがとうございます……でもやっぱり帰ります……あ、でも座ります……」
(落ち着け。どれかにしろ)
こいつの名前はキュウキュウというらしい。
もともとは“人間の感情の奥に、じわじわと染みこむタイプの虫歯”みたいな妖怪らしい。
不満、焦り、自己否定など、じわっと蝕んでくる系。
そのくせ、自分の問題に向き合うのは超苦手。
「実は……ちょっと前から“奥の方”に違和感あって……でも時間ないし、痛みも我慢できたし、まあ大丈夫かなって思ってたら、昨日……ズキーン!と」
「はい」
「で、今日になって……ズギャアアアアン!!と」
(擬音が派手すぎる)
「……キュウキュウさん、これはもはや“初期の違和感”じゃなくて、かなり深いところまで進行してるんじゃ……」
「そうなんです、わかってます、わかってるんです! でも、でも、痛いの嫌じゃないですか!? 怖いし!」
(いや、放置したからもっと痛くなってるんだよ……)
「キュウキュウさん。ひとつだけ、お聞きしても?」
「は、はい……!」
「“先送りして得したこと”、何かありました?」
「………………あっ」
「問題って、放っておいても“自然に消える”ことって、ほとんどありません。
むしろ、だいたい“深く根を張る”方向に育ちます。虫歯も、悩みも、同じです」
「うぅ……耳が痛いです……歯も痛いです……心も痛いです……」
(痛み三重奏)
「逃げるのがダメって言ってるわけじゃないですよ。
ただ、“痛いから後回しにする”より、“痛くなる前に済ませる”方がずっと楽なんです」
「……それ、歯の話です?」
「全部です」
しばらくの沈黙。
「……わかりました。抜きます。抜いてやります……! この“過去の先送りのツケ”、ここで終わらせます……!」
「……お近くに、いい歯科の妖術医がいます。紹介状、書きましょう」
「紹介状! ありがとうございます……! あ、でもできれば麻酔強めでお願いします!」
「言うと思いました」
その日の午後、キュウキュウは意を決して歯科医院に向かった。
翌日、高道の元に「ちょっと腫れてますけど心も軽いです!」という手紙が届いた。
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(回避って、一種の“防衛本能”だから、完全に悪ではない。
でも、先送りが癖になると“タイミングの損”がどんどん積もっていく)
(ちゃんと向き合って、ちゃんと痛んで、ちゃんと治す。
……生きるって、そういうことの繰り返しだな)