表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

67/142

第67話「朝の光と金の粒」 〜日常の隙間に現れる小さな奇跡〜

朝の陽光が障子を透かし、ことのは堂の畳に柔らかな影を落としていた。僕は湯呑みに手をかけ、ぼんやりと窓の外を眺めていた。すると、扉の向こうからそっと声がした。

「す、すみません……」

振り向くと、朝の柔らかな光に包まれた畳の間に、眉目秀麗な青年が立っていた。肩はわずかに落ち、背筋は少し丸まっているが、その瞳は真っ直ぐで誠実さをたたえている。手には小さな包み紙を握りしめ、指先がほんのり震えていた。風に揺れる障子の影が青年の輪郭に細く線を描き、微かに光が反射する。青年は静かに包み紙を開き、中身をそっと差し出した。その一瞬、金色に煌めく粒が光を反射し、畳の上で小さな宝石のように瞬いた。僕は息を呑み、その光景に思わず見入ってしまった。

「……なんですか、それは」

僕が近づくと、青年は小さく頭を下げた。

「今朝、起きたら布団の周りにこの金の粒が散らばっていたんです。誰かの落とし物かもしれません。もし……落とし主を探せたら、と思って」

青年は少し照れくさそうに頭を下げた。「あ、自己紹介がまだでしたね。私は与四郎といいます。」

その誠実そうな瞳と、少し控えめな声色に、僕は思わず頷いた。与四郎の優しさが、この非日常のきっかけになっていることが手に取るように分かる。

僕はふむ、と唸った。金の粒はただの砂のようにも見えるが、光を反射して煌めいている。砂金なのか?日常の朝に、不意に現れた非日常。それだけで、何かが起こりそうな予感がした。


僕と与四郎は町のあちこちを歩きながら、金の粒の行方を探した。路地の角、石畳の橋の下、商店の軒先。どこも見覚えのない光がちらちらと反射している。しかし、その正体を突き止める手がかりはなかなか見つからなかった。

「……誰かがわざと置いたのかもしれませんね」

僕がそう呟くと、与四郎は困ったように肩をすくめる。「はい……でも、布団の周りに砂金があっただけで、朝から幸せな気持ちになれたんです。それだけでも十分ありがたい」

僕は少し首をかしげると、与四郎は続けた。「実は、僕、困っている人を無視できなくて……先日も道で転んだお年寄りを助けて、買い物袋を持ってあげたんです。でもそのせいで、自分の昼ご飯代や小遣いが飛んでしまって、貧なくしてしまって……」

よく見ると、与四郎の整った顔に似合わず、服装は端切れでつなぎ合わされていてみすぼらしい。


その日の夕暮れ、僕らはことのは堂に戻る途中、町外れの小道で砂をばら撒く婆を見つけた。普通の婆ではなく、手には小さな金袋、肩から下げた巾着には宝石がちらちら光っている。彼女――砂かけ婆は、ふわりと金を撒き散らしながら、夜な夜な町を歩いているらしい。

「あら、あんた、布団の周りで困ってた青年かい?」

婆は笑い、目を細めた。「あのとき、転んだとき、助けてくれたでしょう。あれのお礼に、夜な夜な金を撒いたのさ。推し活みたいなもんよ」

与四郎は驚きとともに、少し頬を赤くした。「そ、そうだったんですか……!」

僕は思わず小さく吹き出した。日常の小さな出来事――転んだ婆を助けた優しさ――が、こんな非日常を引き寄せるとは。

「でも……こんなに金を貰えない、返します」

与四郎が提案すると、婆はにこりと笑った。

「心配ご無用。私は散らすのが好きなだけ。金を集めるのも好きだが、撒くほうも楽しいのさ」

僕は与四郎を見ながら、少し微笑む。「ほら、これで君も無事に落とし主が分かったし、安心して砂金を受け取るといいですよ」

白い布団の上に残る金の粒を思い浮かべながら、与四郎も安堵の笑みを浮かべた。


ーーーーーーーーーー


夜、ことのは堂の縁側で僕は空を見上げる。日常の隙間に差し込む非日常の光、それが小さな出来事の積み重ねで、人生や町の景色を少しずつ変えていくのだと感じた。砂金の粒のように、小さな行動が思わぬ化学反応を起こす。


夕暮れの風に吹かれて深呼吸する。今日もまた、江戸の町には小さな奇跡がそっと隠れている。青年の優しさ、砂かけ婆のいたずら心、そして僕らの探求心。それが一つに混ざり合い、笑いと驚きの物語を紡いでいくのだ。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ