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第66話「ことのは堂と社畜死神」〜ヨイノの国で見つける小さな明日〜

夏の朝、町外れの石畳を歩く一人の死神が、明らかに沈んだ顔で溜息をついた。

「うぅ……夏休み、たった三日じゃ仕事の疲れも取れやしない……」

彼は地獄の社畜、死神。上司の鬼面の死神から月曜早々、いきなり魂を回収するよう命じられたのだ。


死神はヨイノの国の町角を抜け、ことのは堂の前で立ち止まる。扉の向こうには、今日も高道が湯呑みに手を添え、柔らかい光に包まれて座っていた。

「……なんでしょう、今日は妙に重たい空気ですね」

高道はにっこり微笑むが、その瞳は鋭く、沈んだ死神を一瞥した。

「……あの、私、3日間の休みの後に、魂を取る仕事でここに来たんですけど……」

死神は疲れ切った顔で言う。背中の鎌がひんやりと光る。

高道は茶をすすりながら、ふわりと説明を始める。

「それは、ブルーマンデー症候群かもしれませんね」

「ブルーマン……?」

死神が首をかしげる。

「人は、休日明けの月曜日、仕事復帰のプレッシャーや先週の疲れから『体も心も重い』と感じやすい傾向があります。心理学ではこれをブルーマンデー症候群と呼ぶんです。あなたも、短い休みを終えてすぐ仕事モードに戻るのはつらいでしょう?」

死神は少し目を見開いた。「あ、ああ……まさにその通りです……体も心も、重いです……」

「なるほど、それならここで少し気を落ち着けて、まずは魂回収の手順を整理しましょう」

高道はそう言い、机の上に小さな和紙と筆を置いた。

「ブルーマンデー症候群は、無理に全力で仕事に戻ろうとすることがさらに気分を重くします。小さく始めて、順序を追ってやるのがコツです」

死神はうなだれながらも、頷く。「小さく……順序……」

その時、ことのは堂の窓から射す陽光が、鎌の先に反射してキラリと光った。

「……うわっ、やっぱり月曜の朝は眩しいですね……」

死神は思わず目を細める。

「では、最初の魂回収は、あそこにいる町人から…」

高道が指をさすと、町角で朝市の準備をする人々が目に入った。

「でも、いきなり魂を取ろうとするとブルーマンデー症候群の重みでさらに辛くなります。まずは挨拶から、軽く気持ちを慣らすんです」

死神は渋々うなずき、重い足取りで町人の前に立つ。

「おはようございます……えっと、魂……ではなく……元気な一日を……」

町人は笑顔で手を振り、「おはようございます!今日は暑くなりそうですね」と返す。

「……意外と……気持ちが軽くなった気が……」

死神は自分でも驚くほど、背筋が少し伸びた。

高道はにこにこと見守りながら、茶碗に残った湯気をふわりと揺らす。

「ブルーマンデー症候群は、無理せず順序を追えば克服できます。最初の一歩さえ踏み出せば、あとは少しずつ楽になるんですよ。」

「……なるほど、こういう感覚……久しぶりです。休み明けでも、ちょっと楽に動けるかもしれない……」

死神は鎌を背中に戻し、重い心が少しずつほぐれていくのを感じた。

その瞬間、ことのは堂の扉が風に揺れ、町外れの石畳に柔らかい夏の光が差し込む。

「3日ほど時間をかけてエンジンをかけていくといいですよ。」

高道は茶を飲み干し、軽やかに微笑む。

死神も小さく肩をすくめ、ぎこちなくも背筋を伸ばした。


「これなら……月曜ブルーも、ちょっとだけ和らぎそうです」

鎌を握る手に力が戻り、地獄の社畜死神は、江戸の町角で小さな一歩を踏み出した。


ーーーーーーーーーー


日の光に照らされ、死神の黒い背広が少しだけ柔らかく見えた。足取りは確かに軽く、どこか未来を思う影が揺れている。その背中が町角の人波に溶けていくのを見届け、僕は胸の奥の緊張をようやくほどいた。長く止めていた息を吐き出した。

「……ふう。今回も何とか追い返せましたね。」

あの地獄の死神は、妙に人間臭い。魂を取る仕事にすら覇気がなく、むしろ月曜の朝に会社へ行きたくない町人と同じ顔をしている。だが油断してはいけない。彼の鎌は本物だし、ちょっとした気まぐれで僕や仲間の命を刈り取ることだってできる。

「ブルーマンデー症候群……」

思わず口に出す。月曜や長休み明けに気分が落ち込み、仕事や学校へ行くのが憂鬱になる心理的現象。死神ですら例外ではない、というのは皮肉な話だ。いや、あの様子では人間以上に深刻かもしれない。

だが、彼がその気分をこちらにぶつけてこなかったのは幸いだった。むしろことのは堂に来て、愚痴を言って、少し楽になって帰る。……そういう「ガス抜きの場」になっているのかもしれない。


僕は縁側に腰を下ろし、夕暮れの風を浴びる。

「ともあれ、今日も平和だ。」

胸の奥がじんわりと温かくなる。明日もまた、妙な客がやってくるのだろうが――今はただ、この静けさを噛みしめたかった。

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