表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

59/142

第59話『灯りを、あなたに。』〜お露の場合〜

江戸の町では最近、こんな噂が流れていた。

「夜の墓場に行列……?」

「“死んでも会いたい人がいる”って人たちが、並ぶらしいぜ」

「案内人は、死霊……じゃなくて、生霊……いや、生き返った霊?」

──その案内人こそ、「お露」である。


夜更け。

町の外れ、ぽつりと置かれた灯籠の前に、並ぶ人々。

「本日、五名様ですね。では、“死者の道”ご案内いたします」

そう言って、お露は灯籠を高く掲げる。

中の炎がゆらりと揺れ、道を照らした。

「……わ、ほんとに明るい……」

「灯籠は、心の形ですから」


このツアーは、お露がことのは堂で暮らすうち、自然に始まった。

夜、そっと墓地に出かける癖が抜けなかった彼女に、高道が声をかけたのだ。

「灯籠は、“忘れられない人”を照らす道具かもしれませんね」

「……え?」

「そして、あなたはもう“呪われた灯”ではなく、“誰かの希望”になれる」

その一言に、胸がぽうっと熱くなった。

それからお露は、灯籠を手に歩き始めた。

墓地へ、記憶へ、祈りのように。

ツアーの途中、ある老婆が言った。

「……ねえ、娘に会える?」

「もしかすると。灯りに引き寄せられる魂が、あるかもしれません」

「会って……ごめんね、って言いたいのよ。あの子が病に伏したとき、私は……」

お露は微笑み、灯籠を差し出した。

「この中の灯りに、話しかけてみてください。心の奥に灯る“会いたい”が届けば、きっと」

老婆は震える声で、「ごめんね」と何度もつぶやいた。

灯籠の火が、小さく揺れた。

そして──ふわりと、白い蝶が老婆の肩にとまった。

「……あ……」

老婆は静かに泣き、お露はそっと手を握った。

「ありがとうね、灯りの人……」


町では、「灯りに願えば、心が軽くなる」と評判になった。

泣けるツアー。

誰にも言えない別れを、灯籠に預ける場所。

恋人、家族、友達……

生きる者と死んだ者、そのあわいに灯る祈り。

「灯籠娘のお露さんに会えば、心の澱が晴れるらしい」

そう噂されるころには、墓場の予約が三ヶ月待ちになっていた。


ある晩、ツアーを終えて帰ると、縁側に高道がいた。

「おかえりなさい。今日は、どんな“願い”がありましたか?」

「“忘れたくない”って言葉が、いちばん多かったです」

お露は、灯籠をそっと下ろした。

「私、死んでも想ってた人に逃げられたから、“想い続ける”って痛いことだと思ってた。でも……」

「でも?」

「忘れずにいたいって、希望にもなるんですね。大事にしていいんだって、やっと……」

「うん」

高道は、静かにうなずいた。

「それが、“愛”というものかもしれません」

お露の頬がふわりと染まり、灯籠の火がやさしく揺れた。


今では、「夜の墓場ツアー」は、お露の生き方そのものとなった。

死ぬほど好きだった相手に逃げられても、呪いの灯籠を抱えていた過去があっても、彼女は今日も、あかりを掲げる。

それは、“死者のため”ではなく、“生きる人のため”の灯り。

灯籠の中には、今もあの日の想いが、小さな炎となって揺れている。


そして、ある夜。

ツアーに並んでいたひとりの若者が、ぽつりと言った。

「……この灯籠、なんだか懐かしい気がする」

お露が静かにうなずく。

「そうですね。懐かしいものって、きっと、心の奥にちゃんと残ってたものなんです」

若者は、灯りを見つめながら、涙をひと粒、こぼした。

それを見て、お露はそっとつぶやく。

「忘れられても、忘れたくない人がいる。……それで、いいんです」

灯籠の火が、ぱちりと音を立てた。

江戸の夜に、今日もひとつ、灯りがともった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ