第57話『第十の皿は、誰かを笑顔にするために』〜お菊の場合〜
ことのは堂から独立して数か月。
お菊は、町はずれの小さな長屋の一角で“皿屋カフェきくや”を開いた。
最初は、みんな口を揃えてこう言った。
「……あの怪談の皿屋? 呪われそうじゃね?」
「夜中に皿が九枚しかなかったら祟られるんでしょ?」
「マジで十枚目、売る意味あるのか?」
その言葉の数々が、昔なら棘のように胸に刺さっただろう。
でも今のお菊は、ただにっこりと笑って返す。
「ええ、呪いますとも。笑顔じゃないお客様には、“笑わせ呪い”で対処しますわよ」
「うわ、なにそれ怖っ」
「うふふ。ご注文は“ほっこりセット”ですか? それとも“恋皿”?」
皮肉と偏見を笑いに変える——
それが、お菊が見つけた第十の皿の使い道だった。
人気の理由は、ただ“元怪談女”という話題性だけじゃない。
“皿屋きくや”の皿は、ちゃんと良い皿だった。
「この縁の赤、牡丹の色か……いい目をしてる」
「手に持つと、じんわり温かい。不思議な皿だな」
それもそのはず、お菊はことのは堂にいた頃、高道からこっそり“うつわの風合い”について教わっていたのだ。
「焼き物とは“感情の記憶”を焼き付けるものなんです。あなたの“皿数え”も、それが“祈り”に変われば……人を癒す器になるかもしれません」
“呪い”の回数を、“希望”の枚数へ。
そんな言葉を信じて作った十枚目の皿には、うっすらと桜の模様が描かれている。
「これは……?」
「春の皿。別れを祝う、始まりの皿です」
ある日、店先に一人の武家娘が訪れた。
「この……“きっぱりセット”、くださいな」
「どんな方に?」
「兄です。どうにも未練たらたらで……。しっかり縁を切らせたいと思って」
「なるほど。では、“未練断ちの小皿”と“前向き盃”を組ませて、贈答用に包みますね」
「……お皿って、そんなふうに使えるのね」
「ええ。“縁をつなぐ”も“縁を切る”も、器次第ですから」
その言葉が口コミとなり、皿屋きくやには“呪いを祓う皿”を買いにくる客があとを絶たなくなった。
そうだ。もう私は、誰かの怪談の登場人物じゃない。
私の物語は、私が語る。
夕方、高道がふらりと店を訪れた。
「……ずいぶん繁盛していますね」
「おかげさまで。“泣かせ皿”が今週も完売です」
「泣かせ……?」
「お客さん、渡された瞬間泣くんですよ。“ああ、これで終わりにできる”って」
「……なるほど。お菊さん、あなたはもう“皿の呪い”を逆手に取って商売しているわけですね」
「そう。数えれば、未来がひとつ近づく。十枚目は“終わり”じゃなく、“次”の一歩です」
「……いい言葉です」
「ふふふ。あなたの言葉ですわよ? 昔のことのは堂で、そう言ってたでしょう」
高道は苦笑した。
「こうなると、“恨まれたら皿で返す”なんて時代遅れですね」
「ええ。“笑われたら、笑いで返す”。それが、今の私」
ちりん、と風鈴が鳴った。夕暮れが、皿屋の軒先を橙色に染める。
お菊は静かに店先に立ち、手ぬぐいで看板を拭った。
“皿屋カフェきくや——恨みより、笑みを返す十枚目の皿”
それは呪いを越えた、新しい名乗り。
彼女は、皿の音ではなく、客の笑い声を数えるようになった。
一枚。
また一枚。
今日もまた、笑顔が一つ、積み重なる。




