第56話「皿の呪いを返上します!」〜あなたの呪い、卒業させます〜
ことのは堂。今夜も、縁側には妖怪と人間の寄り合い所帯が集っていた。
「……それにしてもですよ」
湯飲みを持った高道が、淡々と口を開く。
「皆さん、そろいもそろって“呪いベース”で生きてきたというのは、どうにも合理性を欠いていると感じまして」
「うぐっ……痛いとこ突くなあ……」
と、お菊が膝を抱えた。
「呪いベースとは?」
とお露が尋ねると、高道はさらさらと和紙に筆を走らせる。
「これは“学習性無力感”と呼ばれる心理学的状態です。繰り返し理不尽な目に遭った結果、“私は何をしても変わらない”と思い込んでしまう。つまり……」
「つまり?」
「呪われ役に甘んじてしまう、と」
「ひぃん……言い方ァ!」
マキビが腹を抱えて笑いながら突っ伏した。
「でも、確かに……その通りかも」
お岩が呟く。
「私は、もう『四谷怪談』の中でしか生きられないと思ってた。でも……」
「でも?」
「この前、高道が“肌再生には夜の霧吹きが効きます”って言ったから、やってみたの。そしたら、頬が……ほら、ぷるん」
「ぷ、ぷるってる……!」
お露が目を丸くする。
「やってみたら、変われるんだなって思った。呪いのせいじゃなく、自分で、自分を変えていいんだって」
その一言に、場が静まり返る。
「……よし、私もやる」
と、お菊が立ち上がる。
「皿を……割ってみせる!」
「ちょ、ちょっと待って! 割るのはやめてください!」
高道が慌てて止める。
「新作の“10枚目の皿”は、希望を象徴する皿になるの。呪いじゃない、祝福の皿よ!」
「すごい、それ売れるんじゃ……?」
マキビが商魂を燃やした。
「お露ちゃんは?」
高道が視線を向けると、お露はもじもじと灯籠を抱えていた。
「わ、私も……旅案内人になる……! でも、灯籠は……やっぱり手放せない……」
「持ってていいよ」
高道は微笑んで言った。
「それは“過去”じゃなく、君が選んだ“今の道具”にすればいい」
灯籠の中の火が、ふっと揺れた。
数ヶ月後――江戸の町中には、不思議なうわさが流れていた。
「皿屋のお菊? あの怪談の? え、今、カフェやってるの?」
「再生漢方の“お岩軒”、あれ効くらしいよ、マジで」
「“夜の墓場ツアー”のお露さん、人気すぎてチケット即完売」
ことのは堂の縁側では、三人がそれぞれの近況を報告していた。
「……お皿、売れすぎて在庫が追いつかないの。誰か手伝って」
「じゃあ私の薬草と交換でどう?」
「観光客、最近増えすぎてさあ……誰か助っ人いない?」
と、三人が同時に高道を見た。
「……私は観察者でありたいのですが」
「報酬は“認知的達成感”ってことで!」
「まさかの内発的動機に訴えるとは……あなたたち、成長しましたね」
高道は、やれやれと小さく笑って席を立つ。
空には、夕焼けが滲んでいた。
お菊は皿を拭きながらつぶやく。
「もう数えない。私の皿は、誰かを呪うためじゃなくて、喜ばせるためにある」
お岩は薬包を並べながら、頬に触れる。
「もう恨んでない。私の体も、心も、私のものだから」
お露は灯籠を見つめる。
「死ぬほど好きだった人に逃げられた。でも……それって、私がダメってことじゃないよね」
「うん、それでいい」
高道は三人を見回し、優しく言った。
「呪いは、もう終わりです」
夕闇のなか、三人の笑い声が、江戸の空に響いていた。




