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第55話『灯りの声、まだ君へ』〜信じたいものだけを、見ていた〜

ことのは堂の灯籠が、ぽぅと淡く揺れていた。

高道が茶を啜っていると、ふと表に、人の気配が立つ。

「……あの、すみません。ひとつ、お願いが……」

声をかけてきたのは、白い小袖を纏った、影のように細い娘だった。

けれどその目だけは、濁りなく、誰かを真っ直ぐに見つめるように澄んでいる。

「お名前は?」

「お露、と申します」

高道の脳裏に、牡丹燈籠の話がよぎる。

愛する人に想いを伝えられず、灯籠の灯を頼りに通い続けた女の幽霊――。

「……私は死んだのだと、言われました。けれど、まだ伝えていないのです。“私はあなたを信じています”って。それを伝えるまでは、きっと私は、止まれません」

彼女の手にある灯籠が、ほんの少し揺れた。

高道は静かに目を細める。

「それは、“信じたいものしか見ない”――確証バイアスが、心を縛っているのかもしれませんね」

「え……?」

「人は、信じたいことに合う情報ばかり集め、反対の証拠を見ようとしなくなるのです。あなたの“彼”も、おそらくあなたの死を“信じ込まされた”のでしょう。そして……信じてしまった」


高道は一枚の札を渡した。

“ことばを届ける護符”と記された、淡い桜色の護符。

「これを持って行ってください。あなたの“想い”に、真実があるなら、それは相手の思い込みを揺さぶる力になります」

「……それで、届くでしょうか?」

「信じたいことだけ見ていた彼が、“違う真実”を見るようになれば。きっと、変わります」


夜。月の光を浴びた石畳を、お露が歩く。

行き先は、かつての恋人・新三が住む屋敷。

門の前に立ち、灯籠の光をかざす。

「お露……?」

障子越しに気配を感じた新三が、そっと扉を開ける。

最初は疑うような顔だったが、護符の灯りがふわりと彼の目に届いた瞬間、何かが変わった。

――これは夢ではない。

でも、恐ろしいものでもない。

「なぜ……なぜ今さら、俺の前に?」

「あなたが“私は死んだ”と信じ込んでいるのは、誰かの言葉だけででしょ? 私はまだ、こうしてあなたを想っていたのです」

新三の目に、はじめて疑問が浮かぶ。

(本当に、彼女は幽霊なのか……?)

その瞬間、確証バイアスが揺らいだ。

そして――彼は、そっと手を伸ばした。


ことのは堂。

それから、ときおり高道のもとには、新三が護符を求めて通うようになった。

「……また夢を見まして」

「それは夢ではありません。“思い込み”が外れた後に見える世界、それこそが現実ですから」

護符を渡すたびに、ほんの少し、彼の表情は穏やかになる。

そして、お露も、ことのは堂の奥にひっそりと咲く牡丹の灯の間に、時折姿を見せる。

そこには、未練ではなく、再会への“確信”がある。


恋とは、ときに偏りやすい。

けれど偏ったままでも、思い込みに傷が入れば――


灯籠の灯は、届くのだ。

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