表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

52/142

第52話「件さまは、軽くない。」〜未来を軽く言うには、覚悟がいるらしい〜

ことのは堂の朝は、いつも静かだ。

だが今日は違った。

「そちらに、“くだん”が現れたそうね!」

そう告げて飛び込んできたのは、近所の漬物屋の女将。

背負った籠が揺れて、たくあんがこぼれそうだった。

「くだん……とは、確か――」

高道は茶を置き、静かに眉を上げた。

「そう、牛の体に人の顔……そして“未来を言い当てる怪異”!」

女将の目がぎらぎらと光っている。

「で、何を言い当てたんです?」

「『この国は滅びる』ですって! ひぃ〜!」

一瞬で堂内がざわついた。

火の玉は天井をぐるぐる回り、猫又はちゃぶ台の下に潜り込み、座敷童は「わーい」と謎にはしゃいでいる。

そこへ、のっそりと現れたのが――

「……なんで、そんなに騒いでんだよぉ」

牛のようにどっしりとした身体。

人のようにくたびれた表情。

眉が繋がったような額に、哀しみを背負った目。

――くだんである。

「うわっ! で、でた!」

火の玉たちが花火のように四散した。

「……騒ぎすぎだろ、俺が言ったのは“滅びかけるかも”だっつーの……。しかも、“飲み屋が減ってる”って意味で」

「なんだそれ!」と誰かが叫び、高道が苦笑をこぼす。

「……つまり、“滅び”という言葉の重みが、過剰に伝わってしまった、と」

「だって“くだん”ってだけで重い未来言いそうじゃん?」と座敷童。

そこで、高道はうっすら笑った。

「これぞ、“シャルパンティエ効果”です」

「しゃれた名前だなあ」と件。

「同じ重さでも、“言葉の印象”や“イメージ”によって受け取る重さが変わる心理現象です。

たとえば、“1キロの羽毛”より“1キロの鉄”のほうが重く感じられる。

言葉も同じで、“くだんが言った”となると、内容よりも“言った存在の重み”で未来が重く見えるんです」

「俺……そんな重たい?」

件はしょんぼりと鼻を鳴らした。

「姿も、声も、予言って響きも……どうしてもインパクトがありますからね」

高道が淡々と返す。

件はがっくりうなだれた。

「……だから最近、誰にも近づかねえようにしてたんだよ。重いって嫌われるし」

「ほらー、言ったでしょ?」と猫又がちゃぶ台の下から出てくる。

「件さまは繊細なんだから、びっくりさせたらだめって!」

「……繊細な件って、イメージと真逆ね」と座敷童。

そのとき、件の背中がぴくっと動いた。

「……あ」

「何です? また未来が見えたんですか」

「……いや、背中がかゆくなっただけ」

場がズッコケる中、高道は件に茶を一杯、差し出した。

「では、“未来のための占い”を、今日は静かにしましょうか。

恐れを煽るのではなく、希望を選ぶ――

たとえば“明日は、花が一輪、咲くかもしれない”とか」

件はその茶を受け取り、ひと口すすった。

「……あんた、変わってるな」

「それ、よく言われます」

「でも、ありがとな。俺の“重み”を、ちょっと軽くしてくれた気がする」

「それもまた、シャルパンティエ効果です。言葉の“響き”を整えると、意味の重さは変わる」

件は茶碗をじっと見つめ、ぽつりと言った。

「……じゃあ、俺も今日だけ“件ちゃん”って名乗るか」

「それは軽すぎでは?」

マキビが奥から茶菓子を持って出てきて突っ込んだ。

「いやいや、俺は好きだぞ? 件ちゃん」

朧丸が笑って加わる。

その瞬間、件の頬が赤く染まった。

外には、夕暮れの光が落ちかけていた。

人と妖と、“未来を語る存在”がひとつ屋根の下で茶をすする姿が、障子越しに長く影を落とす。

誰かが未来を語れば、誰かがその重みを背負う。

だがそれは、ほんの少しの言葉で、柔らかくできることもある――

「……明日、きっといい風が吹くと思いますよ」

高道の声が障子の向こうに溶けていった。

そして次の日、ことのは堂の前には、なぜか「件ちゃん、未来占います(軽め)」の札が立っていた。

「……軽すぎやしませんか?」

高道の静かなツッコミに、件ちゃんはえへへと笑った。


この世界の“未来の重さ”は、言葉次第で変えられる。そんなことを、今日も誰かが気づくのかもしれない。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ