第52話「件さまは、軽くない。」〜未来を軽く言うには、覚悟がいるらしい〜
ことのは堂の朝は、いつも静かだ。
だが今日は違った。
「そちらに、“件”が現れたそうね!」
そう告げて飛び込んできたのは、近所の漬物屋の女将。
背負った籠が揺れて、たくあんがこぼれそうだった。
「くだん……とは、確か――」
高道は茶を置き、静かに眉を上げた。
「そう、牛の体に人の顔……そして“未来を言い当てる怪異”!」
女将の目がぎらぎらと光っている。
「で、何を言い当てたんです?」
「『この国は滅びる』ですって! ひぃ〜!」
一瞬で堂内がざわついた。
火の玉は天井をぐるぐる回り、猫又はちゃぶ台の下に潜り込み、座敷童は「わーい」と謎にはしゃいでいる。
そこへ、のっそりと現れたのが――
「……なんで、そんなに騒いでんだよぉ」
牛のようにどっしりとした身体。
人のようにくたびれた表情。
眉が繋がったような額に、哀しみを背負った目。
――件である。
「うわっ! で、でた!」
火の玉たちが花火のように四散した。
「……騒ぎすぎだろ、俺が言ったのは“滅びかけるかも”だっつーの……。しかも、“飲み屋が減ってる”って意味で」
「なんだそれ!」と誰かが叫び、高道が苦笑をこぼす。
「……つまり、“滅び”という言葉の重みが、過剰に伝わってしまった、と」
「だって“くだん”ってだけで重い未来言いそうじゃん?」と座敷童。
そこで、高道はうっすら笑った。
「これぞ、“シャルパンティエ効果”です」
「しゃれた名前だなあ」と件。
「同じ重さでも、“言葉の印象”や“イメージ”によって受け取る重さが変わる心理現象です。
たとえば、“1キロの羽毛”より“1キロの鉄”のほうが重く感じられる。
言葉も同じで、“くだんが言った”となると、内容よりも“言った存在の重み”で未来が重く見えるんです」
「俺……そんな重たい?」
件はしょんぼりと鼻を鳴らした。
「姿も、声も、予言って響きも……どうしてもインパクトがありますからね」
高道が淡々と返す。
件はがっくりうなだれた。
「……だから最近、誰にも近づかねえようにしてたんだよ。重いって嫌われるし」
「ほらー、言ったでしょ?」と猫又がちゃぶ台の下から出てくる。
「件さまは繊細なんだから、びっくりさせたらだめって!」
「……繊細な件って、イメージと真逆ね」と座敷童。
そのとき、件の背中がぴくっと動いた。
「……あ」
「何です? また未来が見えたんですか」
「……いや、背中がかゆくなっただけ」
場がズッコケる中、高道は件に茶を一杯、差し出した。
「では、“未来のための占い”を、今日は静かにしましょうか。
恐れを煽るのではなく、希望を選ぶ――
たとえば“明日は、花が一輪、咲くかもしれない”とか」
件はその茶を受け取り、ひと口すすった。
「……あんた、変わってるな」
「それ、よく言われます」
「でも、ありがとな。俺の“重み”を、ちょっと軽くしてくれた気がする」
「それもまた、シャルパンティエ効果です。言葉の“響き”を整えると、意味の重さは変わる」
件は茶碗をじっと見つめ、ぽつりと言った。
「……じゃあ、俺も今日だけ“件ちゃん”って名乗るか」
「それは軽すぎでは?」
マキビが奥から茶菓子を持って出てきて突っ込んだ。
「いやいや、俺は好きだぞ? 件ちゃん」
朧丸が笑って加わる。
その瞬間、件の頬が赤く染まった。
外には、夕暮れの光が落ちかけていた。
人と妖と、“未来を語る存在”がひとつ屋根の下で茶をすする姿が、障子越しに長く影を落とす。
誰かが未来を語れば、誰かがその重みを背負う。
だがそれは、ほんの少しの言葉で、柔らかくできることもある――
「……明日、きっといい風が吹くと思いますよ」
高道の声が障子の向こうに溶けていった。
そして次の日、ことのは堂の前には、なぜか「件ちゃん、未来占います(軽め)」の札が立っていた。
「……軽すぎやしませんか?」
高道の静かなツッコミに、件ちゃんはえへへと笑った。
この世界の“未来の重さ”は、言葉次第で変えられる。そんなことを、今日も誰かが気づくのかもしれない。




