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第51話「八つの頭で打ち上げろ!」〜勝ち負けよりも、楽しかったって言いたい夜〜

「今年の花火大会、まっこと見ものらしいぞ」

そんな噂が広まったのは、ことのは堂で茶を飲んでいたときだった。

「ふぅん……八岐大蛇が主催とは、珍しいですね」

高道は湯呑を置きながら、半眼で新聞記事を眺める。

「花火、八つの頭で撃ち合うらしいぞ?」

朧丸が茶菓子をつまみながら、やけに楽しそうに言った。

「完全に内輪の見せ合いだな。もはや花火戦争……」

「しかもテーマが『どの頭が一番才能あるか決める』だってさ〜」

ことのは堂の座敷童がくすくす笑いながら補足する。

「……つまり八岐大蛇は、部位ごとに承認欲求がバラバラなんですね」

「そういう言い方やめてあげて」


当日。

祭囃子が鳴り響き、夜空にはすでに試し打ちの花火がぱらぱらと咲き始めていた。

「おお〜!打ち上げ位置ずれてる!」

「三の首が暴走してんだよ!」

「黙れ四の首!てめぇこそ角度おかしいんだよ!」

会場に響く怒号。八岐大蛇の首同士が、空中で方角の主張をはじめた。

「なんというか、仲良いですね」

高道は屋台のかき氷を一口すすり、ぽつりと呟いた。

「お前、それ嫌味だよな」

朧丸は苦笑しながら、団子をもぐもぐ。

「マキビさーん、来てますか〜?」

ふわふわした火の玉たちが、探し回っていた。

「ここだよ〜! 風鈴売ってたら遅れた〜!」

マキビが屋台の風鈴を頭にぶら下げたまま走ってきた。

「今日は迷惑札じゃなくてまとものもの売ってるんだな」

「札も売ってるよ。鳴らすと“隣の人が自白する護符”がついてる風鈴、大人気だよ」

「事件の匂いしかしない」


花火大会は、明らかに破綻していた。

八つの首が勝手に打ち上げ始めたせいで、火花は交差し、燃えかすの吹雪が降り注ぎ、地上の観客たちは灰を避けるために雨具を被る。

「これ、花火っていうか……戦争?」

「あ!四の首が五の首に喧嘩売ったぞ!」

「打ち上げ順を争って絡まってる首があるわよ!」


そんな中、高道は一人、屋台の影に立っていた。

「……さて。今日は、“内発的動機優位”という現象について話しましょう」

「講義、始まった」

朧丸が団子の棒を持ちながらうめいた。

「人間は、報酬や称賛よりも、“自分がやりたい”という内発的な動機によって行動が活性化すると言われています。報酬が目当てになると、本来の意欲が失われてしまう」

「つまり、八岐大蛇の首たちは……」

「他人からの承認を求めるあまり、楽しむ心を失ったのです。火薬が泣いていますね」

「……泣くな、火薬」


そのとき。

屋台の片隅で綿菓子を売っていたひとりの老婆が、ぼそりとつぶやいた。

「昔は、あの子ら、空に一つの花咲かせるだけで笑ってたもんじゃがのう」

その言葉が、会場に染み入るように広がった。

――ピタリと、花火が止んだ。

「……ばあちゃん?」

「……誰だ今の」

「四の首泣いてない?」

「やべ、七も泣いてる」

「三の首、腹が鳴ってるだけだろ」

八岐大蛇の首たちが、一斉に空中で沈黙し、再び集まった。

「……初心に戻ろうか、兄弟たちよ」

「うむ。今日は、競う日ではなく……」

「一つの夜空を、八人で彩る日だ」

「じゃあさ、最後の一発だけは全員で作ろうぜ」


空が深い藍色に包まれる頃。

八岐大蛇の八つの頭が揃い、夜空へひとつの花火を放った。


――どん。


金と白と紅の火花が、夜空を三重に彩った。

最初に開いたのは、濃い紅色の輪。その内側にふわりと金の筋が咲き、さらに中心から白い光が静かに滲み出す。

まるで薄闇の天蓋に、巨大な蓮の花が浮かび上がったようだった。

紅は花弁、金は花芯、そして白は仏の座する光のように、柔らかく空に漂う。

その輝きは刹那でありながら、見る者の胸に余韻を残す静謐な美しさを湛えていた。

見上げる者の瞳には、それぞれの想いが映りこみ、誰もがしばし、言葉を失っていた。


「うわあ……」


夜の空が、八岐大蛇の八つの頭が放つ大輪の花火で鮮やかに染まった。

座敷童も、朧丸も、マキビも、思わず息を飲む。

その瞬間、あたり一面が黄金色に照らされ、地面にまで光の花びらが舞い落ちた。


高道は、火の粉が踊るように降るその光の下で、そっと目を細めていた。

黒髪が頬に影を落とし、瞳の奥には、燃えるような紅の反射がちらちらと揺れている。

横顔だけで、まるで一幅の絵のように静かで、凛としていて――それでいて、どこか寂しげで。

「……結局、誰のが一番だったの?」

座敷童は、静かに問いかける。

けれど、その声には、競うよりも、ただ“美しさ”を称えるような優しさが宿っていた。

「順番は気にしなくていいんじゃないですか。綺麗なんだから。」

その答えがあまりに自然で、穏やかで、まるで花火よりも胸に染み入るようで。

朧丸は、ふと隣でそれを聞いていた。


花火の灯が、ふわりと高道の横顔をなぞるように照らしていた。

顎のライン、睫毛の陰、唇の弧――どれもが、普段と変わらぬはずなのに、今夜は妙に綺麗に見えた。

朧丸は、何か言いたげに唇を開いたが、結局、声にはしなかった。


頭上では、金の大輪がひときわ高く打ち上がり、夜空に蓮の花のように咲いた。

ぱあん、という音とともに、火の粉が細かく星のように降り注ぐ。

まるで空ごと祝福しているように、きらきらと降りそそぐ、静かな祝宴だった。


八岐大蛇は誰も勝たなかった。

でも、誰も負けなかった。

そして、高道の心のメモには一言だけ記された。


《おばあちゃん最強》

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