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第50話「涙の理由は、言わなくてもいい」〜“見られている自分”が、“本当の自分”を連れてくる。〜

「肝試し大会ぃ?」

ことのは堂の縁側。夕日が瓦屋根を淡く染める中、高道は茶をすすっていた。目の前では猫又と火の玉が、張り切った様子で手作りの“おばけ屋敷風提案書”を広げている。

「今年は趣向を凝らしたいって、河童さんがさあ!」

「朧丸も参加だってさー! ね、高道さんも行こうよ!」

「いえ、僕は……」

そのとき、襖の陰からひょいと顔を出した朧丸が、にやにやしながら言った。

「おや、冷静沈着の高道さんが怖がる姿……ちょっと見てみたい気もするな」

「僕が“冷静”なのは、性格ではなく選択です」

「おっ、出た。語りモード」

高道は涼しい顔で言葉を返した。

「人間は“他者の目”に晒されると、その期待に沿った行動を強化する。これは“認識フィードバック効果”と呼ばれる心理現象です。つまり私は、周囲が“冷静だ”と見るからこそ、冷静であり続けている……ということですね」

「じゃ、見てなければ怖がる?」

「……それは、また別の話です」


夜。山の小道にぼんやりと灯る灯籠。

おばけ提灯が風に揺れ、紙人形がカサリと音を立てる。

肝試し会場となったのは、ことのは堂から少し離れた小山のふもと。

夜のとばりが降りるなか、木々の間にぽつぽつと灯された提灯の明かりが、道をうっすら照らしている。

風に揺れる灯籠の火が、まるで小さな狐火のように、赤く揺らめいた。

人間も妖怪も、浴衣や羽織姿で集まり、縁日のような賑わいを見せていた。

カラカラと鳴る風鈴、木の枝にぶら下がった白布の幽霊人形。

山犬の子がちぎったスイカを手に駆け回れば、化け猫たちがのんびりと屋台風の“お化け汁”を売っている。

「じゃ、くじで順番決めるね〜。はい、引いて引いて〜」

木箱に入った竹札を、提灯売りの火の玉がくるくる回しながら振る。

ざわめきのなかで札を引いた高道が手元を見ると――

「……あ、高道さんと朧丸ペア!」

火の玉が満面の笑みで札を掲げた。場がわっと湧く。

「はいはい、行きましょ」

ぬるりと現れた朧丸が、当然のように高道の手をとる。

「……何ですか、その当然のような手は」

高道は眉一つ動かさず静かに拒否の言葉を口にしたが、その手をふりほどくことはしなかった。

朧丸は唇の端をあげて言う。

「ふふふ、お前の涙腺が壊れるのが楽しみだ」

「私は泣きません」

やや硬い表情のまま言い返す高道に、朧丸はくつくつと笑いながら応じた。

「ふふん、じゃあ行こうか。”高道さんは冷静すぎて面白みが足りねえ”って噂を払拭する旅へ」

背後では、花火玉のような火の玉たちがぴゅーっと飛び回り、

「きゃー! 高道さん泣いたら記録しよう〜!」

と妖怪記者が筆と巻物を構えていた。

その騒ぎをよそに、二人はひっそりと闇の道へ歩き出す。

虫の声、風の音、遠くから微かに聞こえる誰かの笑い声が、

これから始まる“静かな恐怖”を告げていた――。


山道は静かだった。

足元には笹の葉、木々の間からは虫の声。

ときおり風が通り過ぎるたび、遠くで何かが笑ったような気配があった。

「ふむ……これは恐怖というより、雑な演出ですね」

高道は相変わらず淡々としていたが、隣の朧丸はしれっと草の陰に左手をそっと差し入れた。

(ちょっとだけ……試してみるか)

木の裏に張った“びっくり札”に軽く触れると――

どろりんっ

目の前に、ぐにゃぐにゃの白い“腕”が垂れ下がった。

「――ッ!!」

高道の足が一瞬すくんだ。

「おお、高道!? いま……目、潤んでた?」

「……砂が目に入りました」

「くつくつ……あやしいなあ……(もう一発!)」

こんどは空中から“天井から首だけの女”が、ずるりと出てきた。

「ひゃっ、や、やりすぎでは……っ……!」

小さく跳ねるような声が、夜気に紛れてふるふると震えた。

細く息をのむ音のあと、高道は一歩、朧丸の袖にしがみつくように身を寄せる。

提灯の赤い光が、わずかに潤んだその瞳を照らし、頬をひと筋、光るものが滑っていた。

――明らかに、怖がっている。

朧丸は、そこで足を止めた。

ぎぃ……と木のきしむ音が風に紛れ、ふたりの間に一瞬、静けさが流れ込む。

「……っ」

胸の奥に、ぎゅ、と何かが刺さったような感覚。

ふだん見せないその表情に、体が勝手に動いた。

(やば……なにこの顔……)

朧丸はそっと、高道の正面に回り込んだ。

冗談を言うのも忘れて、ただ、見つめる。

夜の光に透けるまつげ。揺れる黒目。小さくふるえた口元。

「……もういい」

朧丸の手が、自然と伸びていた。

そっと、高道を袴で覆い隠すようにして、もう一方の手で濡れた目元を指でなぞる。

「悪かった、無理すんな。」

ほんの少し、揶揄うように。けれどその声は、どこまでも優しかった。

「えっ?」

「怖いなら、ちゃんと怖がれ。変に冷静にしなくていい」

そう言って、朧丸は高道を――両腕でふわりと抱きしめた。

「……な、何を……」

「お前が怖がってるとこ、誰にも見せたくない。だから、俺だけに見せろ」

高道はしばらく固まっていたが、やがて小さく息を吐いて言った。

「……これは、認識フィードバック効果の反転かもしれませんね」

「へ?」

「“見せていい”と思える相手の前では、人は安心して、自分の弱さも出せる。だから……私はあなたの前で、少しだけ冷静をやめたくなった」

「……何冷静に分析してんだ」

高道は、そっと朧丸の胸に額を預けた。

「……ええ。そういう性分なので」

山の木々がそっと揺れた。

遠くから、誰かが「キャー!」と悲鳴を上げている。

その声を背に、二人はゆっくりと肝試しの道を抜けていった。


この夜、ことのは堂の周囲では“冷静な高道が泣いたらしい”という噂が流れた。

しかし、それを証明できるのは、ただ一人。

――妖怪・朧丸だけである。

「証拠も証人もいませんから」

と笑う高道の隣で、

朧丸は今も、ちょっとニヤけながら茶を飲んでいる。

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