表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

48/142

第48話『磯辺巻きより危険な、海坊主のクレーム対応』前編〜あの黒いの、煮ても焼いても怒ってます〜

朝のことのは堂。

潮の香を含んだ風とともに、怒声が飛び込んできた。

「たかみちしゃああぁん!! 出やがったんだよ、黒いのがァ!!」

「……おはようございます。茶でもいかがです?」

縁側で湯呑を傾けていた高道のもとへ、血相を変えた漁師が駆け込んできた。

羽織の裾は濡れ、海苔の切れ端が肩にくっついているのが、なんとも間の抜けた絵面である。

「昨夜な、あの“海守り札”を懐に入れて漁に出た連中が……次々に“何か黒いモノ”に、ずぶずぶ海ん中へ引きずり込まれたんだッ……!」

「海守り札?……黒いモノ?」

「そう! 墨みてぇな肌で、腕っぷしが柱みたいな化けモンだ!」

そのとき、襖がずるりと開き、例によってぬるっと現れたのは、マキビ。

札売りの陰陽師にして、軽薄と愛嬌でできたような男である。

「もしかして〜、あの“大漁万歳”札のこと? 昨日、漁師衆にお裾分けしたんだけど、うっかりちょっと……強めに効果ついちゃったかも〜?」

「かも〜?で一般人に札をばら撒かないでください。」

「うーん、これは呪術界の盲点ですねぇ〜」

茶の香ばしい香りをゆっくりと喉に流し込み、湯呑をそっと置くと、高道はぽつりと呟いた。

「……これは、ちと厄介な因果を結んだようですね」

その声は、湯の残り香のように穏やかだった。

しかし、直後。

ドゴォォォンッ!!!

重たい戸が爆風でも受けたかのように吹き飛び、ことのは堂に突風が巻き起こる。

空気が一変する。

土埃が舞い上がり、棚の紙札がばさばさと宙を舞った。香炉がかすかに傾き、線香の火が一瞬揺れる。

土間に――影が落ちた。

「このやろおおおおッ!!」

怒声とともに踏み込んできたのは、一目で只者ではないとわかる巨躯の男。

その身の丈、七尺(およそ二メートル)。天井近くまであるその姿は、堂内の空間を圧迫するほどだ。

肌は墨のように黒く、煤けたような艶を帯びて光を反射していた。まるで海底の岩に長年晒された鉄のよう。

肩まで流れる髪は濡れたように艶やかで、わずかに海藻の香りが混じっていた。湿気を含んだ潮風が、彼とともに吹き込んでくる。

胸元を大きくはだけた着流し。その奥からのぞくのは、丸太のように隆起した大胸筋と、板のように割れた腹。まさに“怒りの筋肉”。

海の怒りをそのまま擬人化したような威容だった。

マキビがごくりと唾を飲んだ。

「お、お前は……まさか……」

その問いに答えるように、巨人が咆哮した。

「海の底より、文句を言いに来た!! 名乗るは海坊主――武舟ぶしゅう!!」

襖がびりびりと震える。

「海を汚せば報いを受けると……てめぇらに教えてやるッ!!」

黒い腕をぐいと突き出すと、拳の先には、びしょ濡れの竹筒。

どこか哀愁が漂う構えである。

マキビがそっと呟いた。

「“海より来たる怒りの筋肉”って感じ……」

何故かうっとりメモを取っている。

「お主らがばらまいたその“札”だ、潮が逆巻き、我の寝床が海溝ごと崩れたんじゃァ!! どう責任とるつもりかァ!!」

「そこまでの被害とは……」

「寝てたら貝が全部顔に張りついたわァ!! ワシゃ呪われた磯辺巻きかァ!!」

怒声が堂を震わせ、天井の梁がミシリと音を立てた。

「つまり……」

高道が、穏やかに口を開いた。

「マキビさんの札の影響で、潮流が乱れ、妖怪的生態系に甚大な被害が出た。加害者は札を持っていた者……と」

「そうッ!! 賠償と謝罪を求めるッ!!」

「ごもっともでございます」

そこで高道は、すっくと立ち上がった。

「では、こちらを」

「ん?」

彼が差し出したのは――

湯気をたてる笹の葉に包まれた、ほかほかの磯辺巻き。

「磯辺巻き……?」

「江戸における“誠意”の象徴です。腹を割って話すには、まず腹を満たさねば」

「なにその説得力……」

マキビがぽつりと呟いた。

海坊主は、じっと磯辺巻きを見つめた。湯気の向こうにただよう、醤油の香ばしさ。もち米のほかほか、磯の香り。

「……ふむ」

「……ふむ?」

「まあ……うまそうだな」

次の瞬間、がぶりとひと口。

咀嚼しながら、海坊主は涙ぐんだ。

「……やさしい味じゃ……ワシゃ、こういうもんに……弱いんじゃァ……」

高道は、にこりと笑った。

「やはり、“怒り”も“誠意”も、どちらも“包む”ことで和らぐのですね」

「おお……なんか名言っぽいぞ……」

こうして、磯辺巻きによる和解が成立した。

が――

堂の奥。小さな棚の上に置かれた紙袋が、不気味に**ぷすっ……**と蒸気を上げていた。


《試作・海守札・更に強化版(封印中)》


「……あれ? これ、まだあったのか」

マキビがにやりと笑った。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ