第42話「天下取りに必要なのは、評判でした」〜お茶目な鬼で、天下を取る?〜
ことのは堂の戸が、勢いよく開いた。
「高道! おまえ、オレをどう思う!」
「おはようございます。もう少し静かに扉を開けていただけると嬉しいです」
高道は筆を止めることもなく、湯呑みにそっと口をつけた。温かな香りの向こう――すうっと、気配が変わる。墨を流したような気配が、ことのは堂の空気に差し込んでくる。
襖が開かれ、踏み込んできたのはひとりの男。
月明かりのような肌に、風をはらんだような黒髪がさらりと揺れる。端正な眉の下に、鋭くも憂いを帯びた双眸。ひと目で人の心を奪う、まさに“絵に描いたような”美貌である。
だが、その整いすぎた顔に、今は深刻な色が差していた。
「高道、おまえ……オレをどう思う」
凛とした声が堂に響いた。
その問いの重さとは裏腹に、彼の立ち姿は美しく、影すら絵になる。裾をはためかせるように仁王立ちするその男――それこそが、鬼の国の副将・茨木童子であった。
酒呑童子の腹心にして、鬼の国が誇るツッコミ不在のボケ要員。豪放磊落、冷酷非道。だが今は、なぜか深刻そうな顔をしていた。
「オレさ、そろそろ“ヨイノの国”を支配したいなって思ってんだよ」
「唐突ですね。朝ごはんは召し上がりました?」
「食った! 三合!」
「なるほど。で、なんでうちに?」
「お前なら“天下を取る方法”とか詳しそうだろ! 武力とか呪術とかじゃなくて、なんかこう……もっとスマートなやつ」
「うち、そういんじゃないですけど」
そのとき、店の奥からくすくすと笑う声が聞こえた。
「おやあ〜、なになに、天下取り? また突拍子もないこと言ってるんじゃないでしょうね〜」
障子の向こうから、ひょいと顔を出したのはマキビ。旅する陰陽師にして、お調子者の札売り。今日も今日とて、甘酒片手に登場である。
「そんなんね〜、見た目がイケメンで強いんだから、黙ってても人がついてくるっしょ?」
「だろ!? ……って、実は全然そうでもないんだよな……」
茨木童子が、唐突に肩を落とした。
「最近、町の子どもがさ、“あの鬼は笑い方が怖い”って避けるんだよ……オレ、別に怒ってねえのに」
「ふむ……それは“認識フィードバック効果”の影響かもしれませんね」
と、高道。
「にんしき、ふぃーどばっく……?」
「簡単に言えば、“あの人って怖いよね”と噂されると、周囲が本当にそう見るようになり、本人も“怖くある方が求められてるのかな”と思ってますますそう振る舞ってしまう、という現象です」
「……まじか。オレ、無意識に“怖キャラ”を演じてた……?」
「しかも無自覚で。つまり、悪循環」
マキビがふむふむとうなずく。
「じゃあさ、逆に“あの鬼、案外お茶目”って広めたら?」
「えっ」
「なにその顔。むしろ似合うよ? 可愛いもの好きだし、犬に弱いし」
「ちょ、お前バラすな!」
「でも、評判って火種なんですよ。たとえ最初が小さな言葉でも、それが他人の“期待”になって、いつの間にか“本人のキャラ”に育っていく。茨木さんの評判が変われば、国の空気も変わるかもしれませんね」
高道が静かに言った。
「つまり、“評判をデザインすれば、国も変わる”ってこと?」
調子に乗ってマキビ追随する。
「……こ、これは……!」
茨木童子の目に、変な光が宿る。
「――“イバラキ様、お茶目説”流布作戦、始動!!」
その日、ヨイノの城下では、妙な張り紙が出回った。
《あの茨木様が、実は豆大福派!?》
《猫を見ると声が裏返る!?》
《意外とマイ枕持参!?》
しかもすべて、マキビの筆跡である。
「……待て、これオレの相談じゃなくて、お前らの実験だったんじゃ……?」
「まあまあ。反応を見るのも一興ですよ」
高道は涼しい顔でお茶をすする。
その夜、町の井戸端では、こんな噂がささやかれていた。
「最近、茨木様って……ちょっと、かわいいよね」
まさかの評価変動に、茨木本人が一番動揺していたという。




