第38話「青行燈、なぜかすべての事件現場にいる件」〜百話目の前に現れるって、それもうフラグですやん〜
「だから言ったんだよ。百話目には、出るって」
火の玉の声が、ことのは堂の天井にまで響いた。朝からやかましいこの若造は、半人前のくせに噂と怪談にだけはやたら詳しい。
「昨日の夜、長屋で“漬物だけが消える”怪異があってさ。その直前に、九十九話目の怪談会を開いたんだと。で……そこにいたんだよ、あの女が」
「……漬物が消えたって、それは事件になるんですか?」
高道は眉をひそめずに、ゆっくりと茶をすすった。
「大事件だよ!しかもまた、青行燈が現れてる!前もそうだった、豆腐が消えた夜も、おでんが全部ちくわに変わった夜も!」
「食べ物の怪異ばかりですね……なんだか、お腹が空いてる人の怪談みたいです」
「で、怪談会が九十九話まで来ると、あの女が来るって、昔から言われてるんだ!だから今度こそ、あいつが……」
そのとき――
障子の向こうに、灯がひとつ、ゆらりと揺れた。
「呼ばれた気がしましたので」
静かに現れたのは、青行燈。
青白い光をまとい、揺らめくような歩き方で、ことのは堂に足を踏み入れる。
「ま、まさか本当に百話目を……!」
火の玉が後ずさった。
彼女はにっこりと笑う。
夜風に揺れる行燈のような、どこか寂しげで、しかし柔らかい光をたたえた笑みだった。
「よく誤解されますが……私は“話を終わらせに来る”者ではありません。“話が尽きかけたとき”に、少しだけ灯を足してさしあげるだけ」
「……どういうことなんでしょう」
高道は、相手の真意を静かに探るようにたずねる。
「人は、真実よりも“筋の通った物語”を好みますわ。たとえ事実が追いついていなくても、理由が欲しいの。だから、“怪談の最後に私がいる”という話も、だんだんと現実に重ねられてゆくのです」
「……それは、“擬似相関”と呼ばれるものですね」
高道はぽつりと呟いた。
「ぎじ……なに?」
火の玉が首を傾げる。
「本当は関係のない出来事を、つい結びつけてしまう。人の心って、よくできているけど、少し早とちりなんですよ。“青行燈が来ると事件が起きる”じゃなくて、“事件のたびに、青行燈を思い出している”だけかもしれません」
「でも!本当に毎回いるんだ!」
「うーん、それって……君の中で“そう見えてる”ってだけじゃないかな。ねえ、むしろ火の玉くん、君こそ毎回現場に顔を出してない?」
「……へ?」
高道はやわらかく微笑んで、静かに続けた。
「最近、君が飛び回ってる夜に限って、変な騒ぎが起きてるんですよ。もしかしたら無意識に妖気を出して、豆腐を溶かしたり、まんじゅうを逃がしたり……なんてこと、ないですか?」
「そ、そんな……!」
青行燈は、またくすっと笑う。
「因果を急ぎすぎてはいけません。物語は、“百話目”になっても終わるとは限らない。次の一話が始まるだけ――そうでしょ?」
その晩、町の井戸端では、新たな怪談会が開かれていた。
「青行燈が来ると何かが起きるんだよ!だから百話目は語っちゃいけない!」
そう訴える火の玉と、
「それ、たぶん……毎回騒いでるのは君自身なんじゃないかな」
と、茶をすすりながら優しく返す高道と、
「では、九十九話目で止めずに、百話目を語ってごらんなさい。あなたの“本当の物語”が始まるかもしれませんよ」
と微笑む青行燈。
結局その夜、百話目は語られなかった。
けれどその静けさの中で、誰かがそっとつぶやく。
「ねえ……さっきから、甘酒が味噌汁に戻らないんだけど……」
――誰のせいかは、誰にもわからない。
物語が続く限り、百話目はいつだって“次の一話”なのだから。
⸻
数日後。
「え、百話目? あるよ? 昨日見た夢の話なんだけどさ」
深夜の怪談会、九十九話で止めるはずが――
町の八百屋・権兵衛さんが、まさかの“語っちゃう系男子”だった。
止める間もなく、涼しい顔で話し出す。
「夢の中でさ、大根に足が生えて逃げていくのよ。しかもね、ちゃんと草履履いてたの。サイズ合ってたし」
ざわ……ざわ……
火の玉が震え、高道が茶をすする手を止める。
青行燈は扇を伏せて、ほんのり口元をゆるめた。
「……百話目、ですね」
ぽん、と空中に灯がともる。
次の瞬間――権兵衛さんの口から出る言葉が、“大根”だけになった。
「だいこん……大根が……だいこんった大根が……!」
語彙、まさかの全滅。
どんなに話しかけられても「だいこん」。
子どもに道を聞かれても「だいこん」、犬に吠えられても「だいこん」。
さらに不思議なことに、八百屋の商品も全部大根になっていった。
スイカも、白菜も、りんごも、なぜか大根。
「権兵衛さん……これ、たしか桃だったと思うんですけど……」
「だいこん……(泣)」
そんな彼を見て、高道はそっと肩に手を置き、やさしく言った。
「うん……だから言ったでしょ。百話目はやめておいたほうがいいって」
火の玉がぽそりと呟く。
「もしかして、夢の中で百一話目まで語ってたんじゃ……?」
青行燈はくすくす笑いながら、言葉を残した。
「夢の中の語りも、物語には違いありませんもの」
――それからというもの、彼は町で**“大根仙人”**と呼ばれた。
もちろん、本人にそのことを話しても、返ってくるのはただひとこと。
「……だいこん」




