第36話「陰陽師、味音痴につき」〜干し柿一色、ことのは堂の悲劇〜
「たっかみっちー!! 胃袋に優しいお茶菓子ある!?」
朝のことのは堂。その静寂を破るように、元気すぎる声が玄関を突き破った。
「……ああ、マキビさん」
高道は、渋茶をすすりながら、帳面から顔を上げた。
「お久しぶりですね。って、顔色悪いですね」
「いや〜それがさ……風邪、ひいちゃって」
マキビはへろへろと笑いながら座り込み、左の八重歯がちらりとのぞく。今日は髪もいつも以上にボサボサで、和装の裾も変なところで引っかかっている。
「しかもさ、なーんか、味がしないのよ。もう何食べてもぬるい水飲んでるみたい」
「それ、ただの風邪、なのか……?」
(また怪しい護符でも貼り付けてるんじゃないのか)
朧丸が、縁側でひっくり返っていた身体を起こしながら、ぼそりと呟いた。
「いやいや、それが陰陽師としては由々しき事態でさ」
「陰陽師って、マキビさん、陰陽師だったんですか」
雪女が無言で僕を見てくる。すごく疑っている顔をしている。
「まさか、変な護符を集めてくる人じゃなくて、作ってたんですか」
「そうそう、落ちてる護符も集めるけど、実は私製造部門もやってるんだわ。えらいでしょ?」
「そういうアピールいらないです」
「で、味覚を治す護符を作ったんだよ! 名付けて『うま味倍々ふだ』!」
「その名前からしてイヤな予感しかしません」
マキビは袖の中から、自作護符を一枚取り出した。墨書きで「味覚回復」と書かれた護符の裏には、なぜか小さく「干柿」と書いてある。
「干柿?」
「干し柿は滋養にいいって言うじゃない?」
「いや、そんな小さく付け足したように書いて意味あるんですか」
「とりあえず貼るね」
マキビがぺたっと自分の額に護符を貼った、次の瞬間、その場に置いてあった湯飲みや団子を口の中に放り込んでいく。
「……うわ、すげえ……何食っても干し柿の味する! 白湯が甘い!」
「それもうただの甘すぎる水ですね」
「まぁでも、これはこれでアリだね!好き!干し柿!」
マキビが感動で目を潤ませる中、場の空気がざわりと揺れた。
「……なんか、僕まで……」
高道が飲んだ渋茶を口に含んだまま、ふと眉をひそめた。
「干し柿味が……する……?」
「…俺の団子も干し柿味になった。」
朧丸が右手に持った串団子を見つめる。
「マキビさん、まさか……」
「えっ、えっ? これ……伝染るの?」
「バカ強い護符力が、周囲に干し柿化の効果を……」
「干し柿化って何!?」
その後も、ことのは堂の茶菓子は干し柿に、白湯は干し柿の煮汁に、台所にある煎餅までもが干し柿味になっていた。
「……全部干し柿味に変わってるじゃないですか!!」
「でも健康には良さそう」
「今それ求めてません!」
高道が頭を抱えていると、座敷童がのそのそと登場した。
「おはようございまー……す……わあ、なんか、空気が干し柿くさいです……」
座敷童がぽろりと涙ぐむ。
「……なんとか解除できないんですか、マキビさん」
「んー、札の力、思ったより広がっちゃったみたいでさー」
「思ったより、ってレベルじゃない!」
「干し柿が嫌いになりそうだね……」
その瞬間、朧丸が立ち上がった。
「……もういい。俺がやる」
「えっ、何を?」
「護符の解除だ」
朧丸はマキビの額に貼られた護符を、ためらいもなくぺりっと剥がした。
「うおおっ!? ちょ、剥がす時は一言ぉぉ!副作用出ちゃうじゃない!」
「静かにしろ。解除する」
ぱしゅん!
護符が霧のように消え、漂っていた干し柿の甘い気配がすうっと霧散していく。
「……あれ? なんか戻った?」
「煎餅が……煎餅の味に戻ってる……!」
「お茶がちゃんと苦い!」
「世界が、戻ってきたね……!」
座敷童がうるっとしていた。
⸻
「それにしてもさ、味がするってありがたいねー!」
マキビがぴょこっと縁側に座る。
「いやーでもやっぱ、あの干し柿味、ちょっとクセになってきたな〜」
「やめてください。もうあれは二度と」
「でもね、干し柿って言葉の響きがさ、なんかこう……良くない? “ふるさとの味”って感じがして」
「……それは否定できませんけどね」
「てか、たかみちー。今度“味付け選べる護符”とか作ってみようかな! “梅干し味”とか、“だし巻き味”とか!」
「やめてください、それをしたらことのは堂を出禁にします……」
朧丸が深くため息をついた。
「お前の護符制作は、自分の判断で実験するのはやめて、誰かに許可をもらってから作ることにしろ」
「えーでも、失敗して学ぶ派だし〜」
(……この人、本当に陰陽師なのかな)
高道は静かに湯呑を口元に運びながら、心の中でツッコミを入れたのだった。




