第31話「傘は濡れるために、晴れるために」〜雨傘と日傘が出会った日〜
ある日、ことのは堂の玄関先に、見慣れぬ傘がちょこんと立っていた。
「おや、高道殿。この堂に“日影の心得ある者”がいると聞いて参じました」
傘の持ち主は橙の色の髪を結い上げた少年の姿。
すらりとした面立ちに、肩には白地の布張り日傘──名をヒカサくんという。
「日影の心得ってなんですか……?」
高道が茶を出しながら戸惑っていると、そこへガラリと襖が開いた。
「ぬおぉぉ!? まさか貴様、“日傘”かぁああ!!」
突撃してきたのは、例の番傘・カサくんである。
「うむ、拙者は晴天専用、日除けの誇り──ヒカサと申す!」
「わしは雨とともに生きる傘妖怪、カサくんじゃ!!」
「えっ、名字みたいに名乗るの?」
座敷童が縁側で団子を食べながらぽつりと突っ込んだ。
二本の傘妖怪は、ことのは堂の庭でにらみ合う。
「日傘とは……うつくしき空を遮る不届き者よ!」
「雨傘とは……清らかな雨粒を邪魔する無粋者にて候!」
「だまらっしゃい!! わしは濡れ鼠を救う存在ぞ!」
「こちらは熱中の民を陰に導くものなり!!」
「2人ともかっこいい決め台詞ですね、まあまあ、お二人とも、お団子でもどうぞ。ね?」
高道が慌てて両者の間に茶菓子を差し出す。
「ふむ……」
ヒカサくんが一口かじると、ほんのり顔をほころばせた。
「……涼やかな甘さ。まるで木漏れ日じゃ」
「くっ……なんとお上品!!」
カサくんは団子を3個一気に食いちぎった。
「わしは濡れてもこの団子だけは守る!!」
「意味がわかりませんよ!?」
やがて、座敷童がぽそっと呟いた。
「でも、二人とも、必要とされる場面が違うだけだよね」
「む……?」
「カサくんは、ぬれる時にいてくれて助かる。ヒカサくんは、日向で一緒にいると涼しくなるし」
「……なんじゃ、それ……」
カサくんがちょっと照れたように呟き、ヒカサくんも眉を下げる。
「そのように言っていただけるとは……恐縮にて候」
「座敷童殿は、時に人の心を見抜く。いや、妖の心もか……」
「えへへ、じゃあ今日から私、“傘まとめ役”ね!」
ことのは堂の軒先に二本の傘が並ぶ。
雨の日はカサくんが、人々の頭上にそっと差し出される。
晴れの日にはヒカサくんが、木漏れ日のような陰をつくる。
そのどちらにも、いつも近くに座敷童の姿がある。
「ほら、カサくんは団子にしずくついてる〜」
「ぬおっ!? どこだ、どこが濡れたんじゃ!」
「ヒカサくんは、なんかお香の匂いするね。香炉入ってる?」
「拙者、清涼感を大切にしておりますので……」
「くそう、格が違う……!」
そしてその日も、高道は縁側で、微笑みながらお茶をすする。
(晴れも、雨も。人の暮らしには、どちらも必要なんですよ)
そんな彼の頭上、そっと開かれる二本の傘。
一方は雨を払い、一方は光を和らげる。
真逆なのに、どこか似ている。
「……ま、仲良くやってくれればそれでいいか」
そう呟いた高道の声に、傘たちがぴしりと張り直したのは、言うまでもない。
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おまけエピソード
ことのは堂の玄関に、新たな傘妖怪が立っていた。
「名をケンヨウと申します。雨にも晴れにも対応できます」
「おおっ、なんと便利そうな!」
高道が感心する横で、カサくんが腕を組む。
「ほう……それで貴様、どっち派なんじゃ?」
「どっちでも……ですね」
「どっちかに決めんかい!!」
「臨機応変が信条でして」
「おぬし、信条がグラついとるぞ!?」
ヒカサくんもまくしたてる。
「我々の誇り、分かたれてこその陰陽……」
「すみません……どちらにも合わせたくて……」
座敷童がぽつり。
「ケンヨウくんって、なんか“お母さんに怒られない子”って感じ、万能だね。」
「ぐはっ、それ一番重宝されるやつ!!」
カサくんとヒカサくんはうなだれている。




