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第30話「傘お化け、雨が嫌いになる日」〜濡れすぎて、見失うこともある〜

「はあ〜〜〜、雨、最高……」

ことのは堂の軒先で、一本の番傘がくるくる回っていた。

柄の先に、ぺろんと一つだけの大きな目。舌をちろっと出して、のんきにあくびをしている。

「また来てたんですか、カサくん」

「だって雨の日は、俺の主役タイムだから!」

高道は、畳を拭きながら苦笑いした。

「ま、確かにキミは雨の日の妖怪ですけどね。でも、床まで濡らすのはやめてください」

「へへ、ごめんごめん。でも、今日の雨はいい雨だよ。湿気がほどよくて、ちょっと情緒があって、あと、時々雷鳴るのがエモいよね〜!」

(エモい……傘のくせに……)

ことのは堂の主・高道は、相変わらずの調子に呆れながらも、どこか楽しそうだった。

すると、奥からぼさぼさ頭の朧丸が顔を出す。

「また傘、来てるのか」

「おーい! 朧まる〜! ちょっと濡れてみない!? 今日の雨、最高だからさ!」

「お断りだ」

即答だった。


ところが、それからというもの。

カサくんの来訪頻度は、徐々に増していった。

いや、頻度どころか、ほぼ毎日だった。

「もう十日連続で雨って、さすがにおかしくないか?」

「うん……僕も薄々気づいてはいたけど……」

高道は茶を飲みながら呟いた。

「これ、カサくんのせいじゃないですかね?」

「え、おいら!?」

カサくんは、口をぱくぱくさせた。

「いや、雨好きだけど、降らせてはないよ!? おいら、降った雨に寄ってくるだけの、普通の傘だよ!?」

「でも、その“寄ってくる”を十日連続でしてる時点で、やっぱり妖怪として何かしら干渉してる気がするんですよね」

「ちょっと!? じゃあおいら、雨乞い妖怪ってこと!? 傘だけに!?」


十一日目の雨は、朝から土砂降りだった。

「びしょぬれでぇええす!!!」

ことのは堂に駆け込んできたカサくんの目から、雨粒と一緒に涙が混ざっていた(ように見えた)。

「おや、いつもみたいに喜んでないんですね」

「だって……今日の雨……すごい冷たいんだもん……」

どうやら、今朝カサくんは“雨に感謝を伝える舞”をひとりで踊っていたら、泥水を浴びたらしい。

「神様に捧げる予定だった舞が、土砂まみれで……! しかも、おばあちゃんに“変な傘が踊ってる”ってホウキで追われた……!」

「うーん、それは災難でしたね」

高道は、ずぶ濡れのカサくんにタオルを差し出した。

「……なんかさ。雨って、好きだったのにな」

「「はい?」」


「雨って、落ち着くし、いい音だし、“おいらの時代”って感じがしてたのに……。ずっと濡れてると……いやになるなって」

ぼそっと呟いたその声に、高道と朧丸が同時に目を向けた。

(あ……)


高道がぽつりと呟いた。

「好きだったものが、“義務”になると、急に嫌いになることって、あるんですよ」

「……へ?」

カサくんが首をかしげると、高道は縁側の柱にもたれながら、空を仰いだ。

「“自分はこれが好きだ”って思いが強いと、ちょっと違うことが起きたときに、必要以上に嫌いになるんです。これは“カウンターバランス効果”といって――」

「……かうんたばらんす?」

「うん。たとえば、傘くんみたいに“自分=雨が好き”って思ってると、連続の雨でうんざりしたとき、その“好き”が“嫌い”に振り切れてしまう」

「うぅ、まさに今それなんだけど……!」

「でしょ?」

高道は、いたずらっぽく笑った。

「でも、それは悪いことじゃない。むしろ、いったん振り切れたおかげで、“雨じゃない時の自分”にも気づけるチャンスなんです。」

「……“晴れてる時のおいら”かぁ」

カサくんは、どこか照れくさそうに笑って、自分の布地をちょんと揺らした。

「昔のおいらだったら、絶対そんなの認めなかったと思う。でも……うん、いまは、ちょっとだけ“晴れの自分”も好きかも」

朧丸が湯呑みを置いた。

「……“役目”にこだわりすぎると、見えなくなるものもある。自分で決めつけた“好き”が、足かせになることもあるんだな」

「わかってるじゃん、朧丸」

「お前の受け売りだ」


しばらくして、カサくんはすっと立ち上がった。

「じゃ、おいら、今日はこの辺で。干してもらった布もパリッとしてきたし!」

「もう帰るんですか?」

「うん、雨も上がったようだし……なんか、また歩いてみたくなった」

彼はそう言って、いつものように、ひょいと裏口のほうへ歩いていった。

だけど、戸を開ける前にふと立ち止まる。

「……あ、そうだ」

「?」

「雨、今度降ったら、ちょっと“雨宿りスポット”にしてもいい? ことのは堂の軒先」

「もちろんですよ」

高道はにっこり笑って答えた。

「じゃあ、また来るね!」

カサくんは、ほんの少し軽くなった足取りで、ぽん、ぽんと跳ねるように去っていった。

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