第29話「見えすぎちゃって、困ります」〜神様の弓矢で、縁がまるっと丸見えに〜
「さあ、はじめましょう。最初は、座敷童ちゃんからね」
磐長姫命がしずしずと弓を持ち上げた。
座敷童は、小さな手を胸に当てて「はいっ」と一歩前に出る。
鳥居の奥、丸い広場の中心には、結界の印が描かれていた。
風がさらりと吹き抜けて、草の香りがふわっと立ち上る。
「……それでは、“縁の矢”、いざ」
ぴんと張った弓の弦が、柔らかい音を立てて放たれた。
矢は、座敷童の頭上をふわりと通りすぎ――
──ぽすっ。
「えっ」
刺さったのは、タヌさんの背中だった。
「ぬわっ!? な、なんじゃ、急に!」
「おめでとうございます。あなたと座敷童ちゃんの間に、“強い縁”があるようです」
「ま、まさか……あいつ、わしに惚れて……」
「んなわけあるかい」
座敷童がぴしゃりとツッコミを入れた。
「“縁”ってのは、恋愛とは限らないってさっき説明あったでしょ? わたしが屋台のおでん好きになったの、タヌさんが連れてってくれたからだもん」
「あっ、そん時のか……」
「うん。あの時の大根が、すごーく沁みてたんだよね〜」
タヌさんが鼻の下をこすって、少しだけ照れくさそうに笑った。
「では、次の方に参りましょう」
磐長姫命の目が、すうっと朧丸に向けられる。
「……朧丸さん」
「は?」
「あなた、なかなかに“重たい縁”を抱えていますね」
「やめろ。なんか嫌な予感しかしない」
「“縁”というのは……隠しても、隠しきれないものですから」
すらりと引かれた弓が、空気を切る。
朧丸は咄嗟に避けようとしたが、矢はぴたりと彼の胸元で止まり、そして──
くるり、と回って、僕のほうへ。
──ぽすっ。
「うおっ」
思わず、のけぞった。
矢は、僕の胸にやさしく当たっただけだったが、何か熱がじんわり染み込んでくる感覚がした。
「はい、確定です」
「何がですか!?」
「おめでとうございます。高道さん、あなたと朧丸さんの間には、“深い相互関係の縁”があります」
「……コイ、じゃないです。恋ではないです」
朧丸が頬を赤く染めながら、即座に否定した。
「“相互関係”って言いましたよね!?」
「つまり、お互いに何かを影響し合っている、ってことです。愛とは限りません」
「いや、でも……」
ツネさんがぼそっと呟いた。
「……最近、朧丸さん、ことのは堂に入り浸ってるしな……」
「黙って」
朧丸が短く切り返した。
(それにしても朧丸のやつ、あんなに否定しなくても良いのに…ちょっと悲しい…)
「さて、次は……あなたですね、猫又さん」
「え、わたし?」
弓が再び持ち上げられたとたん、猫又はするりと身を翻した。
「悪いけど、今だけ“二股”ってことで許してね!」
猫又の体が2つに分散した。
「どちらに矢が飛ぶかは、運次第ですよ」
姫命が笑いながら放った矢は──
──ぽすっ。
「にゃっ」
一方の猫又の頭に直撃した。と同時に、もう1匹の猫又の姿が消えた。
「……自分かい!」
一同から総ツッコミが飛ぶ。
「でも、なんか納得した……」
ツネさんがぼそり。
「僕らに媚びるより、自分が一番好きってことかな」
「ま、確かに」
猫又が舌を出して笑った。
「さて……残るは」
姫命が最後に矢を構えた先、雪女がそっと身を引いた。
「わたくし、矢が刺さると、なんだか溶けてしまいそうで……」
「じゃあ、やめておきましょうか」
「いいんですか!?」
「“縁”は見たくない時もある。それもまた、大切な選択です」
磐長姫命は、やさしく弓を下ろした。
その日の午後。
儀式を終えた僕たちは、神社の縁側でお茶を飲みながら、ぽつりぽつりと感想を言い合った。
「なんだか、心がくすぐったい日だったな」
「うむ……おかしな汗をかいたわい」
「高道ー、朧丸にもっと感謝してあげてよー。あの人、めっちゃ守ってくれてるじゃん(高道の知らないとこで)」
「……座敷童、余計なことを」
朧丸が顔を背ける。
「なんのことだ?確かに帳簿整理をしてもらって大いに助かってはいるけど」
「べつに。俺は俺の仕事をしてるだけだ」
そう言いつつ、ほんの少しだけ、袖が僕の方に寄った気がした。
神様が言っていた。
“想いは、一方通行ではない。いつも、どこかで返ってきている”。
それが今、ほんの少しだけ見えた気がした。




