第28話「お歳暮配達、山越え気分」〜ヨイノ旅路と、つるんと丸き神の山〜
「すまねぇけど、高道さ、ちょっとオズシ国まで行ってけろ」
ことのは堂の縁側に、ちんまりと小鳥が座っていた。
朱色の羽に丸い目。見た目はメジロだが、言葉はどこか懐かしい田舎弁…?
「オズシ……? オオムロ山のあるところですか?」
「おうよ。あすこの神さま、磐長姫命どんへな。お歳暮、届けてほしゅうてな」
小鳥の神様がくるんと羽根を動かすと、ふわりと金色の包みが宙に浮いた。
まんまるで、どこか温かみのある“光の玉”。
「手渡しが決まりでな。誰かに預けたり、置いてったら、ぶっ飛ばされっぞ」
「物騒だな」
朧丸がぼそりと呟いた。相変わらず野良みたいな格好だが、耳だけはしっかりこっちを向けている。
「まぁ、お歳暮配達っつっても旅気分でよかんべ。観光がてら行ってくるとええわ」
「やったー! 旅行だ旅行ー!」
声の主は、座敷童。ことのは堂の住人のひとりで、今日も鼻歌まじりに畳を跳ねていた。
「白沢にも頼んである。ちょうど、観光案内業を始めようとしてっからな」
「あいつ、今度は何を企んでるのか」
朧丸が呆れた声でつぶやいた。
数日後。僕らは、白沢の案内で出発することになった。
「はいはーい、みなさまご乗車ありがとうございます。本日の行き先はオズシ国、オオムロ山〜。晴天ですので、空路を通ります〜」
妖怪たちに頼られる“博識でちょっとおしゃべりな神獣”こと白沢は、今日は人型で現れた。
白髪に金の瞳、そして何故か腰にガイド札をぶら下げている。
「これ、観光業デビューの予行練習なんで。失敗しても温かい目で見てね☆」
「白沢、よろしくー!」
テンション高く座敷童が車内を飛び跳ねている。
「その星、声に出すな」
朧丸が目線を合わせずに悪態をつく。
後ろから乗り込んできたのは、タヌさん・ツネさん・猫又・雪女の面々。
「え、みんな来るんですか?」
「なんでだと思う、高道」
猫又が口角を上げた。
「“旅行”って響きに弱いのが、妖怪なんだよ」
(……知らなかった)
空の上から見るヨイノ国は、季節の浮世絵のように色とりどりだった。
しばらくして見えてきたのは、丸くてつるんとしたシルエットの霊山――オオムロ山。
「かわいい……!」
座敷童が窓ガラスに顔をぺったりくっつける。
「ねえ見て、あれ! まるい! 毛がない!」
「失礼な言い方だな」
朧丸が小さく笑った。
「でも、たしかに綺麗だ。すっぽんみたいで」
「朧丸の感性も謎だよね」
白沢が着陸準備に入ると、浮遊式の乗り物がふわりと傾いて地上へとゆっくり降りて行く。
「山のふもとには神社と、リフトがあるよ〜。さ、上がるよ〜」
「……リフト?」
「そ。空飛ぶ椅子。観光客向けだって、磐長姫命が設けたんだと」
「……まさか、これに乗るのか?」
朧丸がわずかに顔をしかめた。
「俺、飛ぶのはいいが……足がぶらつくのは嫌だ」
「えっ、そこなんだ」
その「空飛ぶ椅子」は、思っていた以上に高さがあった。
ギィィィ……と、空中をゆるやかに進むリフトの中。
4人乗りのリフト。座敷童が前に乗り、僕と朧丸が後ろに乗ることになった。
「……落ち着かん」
「そりゃまあ、足が地面に着いてませんからね」
「……無防備だ。守りようがない。やっぱり俺、これ苦手だ」
朧丸がぼそりと呟きながら、僕の袖をつまむように軽く握った。
(いや、そんな真顔で言われるとこっちも落ち着かないんですが!?)
「ほら、下見て〜〜! 小鳥の形してる畑あったよー!」
「こら!座敷童!揺れる!下見るな下を見るなぁあああああ!」
朧丸の低めの声が、山の空にこだましていった。
⸻
山頂。
リフトを降りると、そこは別世界のように静かだった。
空は高く、風は澄み、山の斜面がすべてなだらかな弧を描いている。
「これが……オオムロ山か」
「ほんとに……すべすべだね……」
雪女がうっとりと呟いた。タヌさんは「滑り台にしたいのう」とか言ってる。
やがて、朱塗りの鳥居の前にたどり着いた。
神社の奥から、しゃらりと風鈴のような音が聞こえる。
「ようこそ」
出てきたのは、一人の女性神。
長い黒髪に、凛とした瞳。華美ではないが、どこか“永遠”を思わせる佇まい。
「磐長姫命……?」
「はい、あなたがたが、お歳暮を運んでくださったのですね」
僕は頷き、光の玉を差し出した。
「ヨイノ国の小神様からお預かりしました。“直接手渡し”が必要と……」
「ご丁寧にありがとうございます。……さすが、ことのは堂の方」
姫命が微笑んだその瞬間、光の玉がふわりと宙に浮かび、ぽん、と弾けた。
まるで花火のように、淡い金の光が、空へ散った。
「これは……?」
「縁の記憶です。届けてくれたあなた方に、少しお返しを」
次の瞬間、姫命が長い弓を取り出した。
「では、“儀式”を始めましょう」
姫命が説明してくれた。
――この霊山では、“縁”を可視化するための儀式がある。
――その人(妖)に繋がりのある想いがあれば、霊的な“矢”がそれを示すという。
「つまり……信頼とか、友情とか?」
「そう。想いは一方通行ではなく、いつも相互に影響するものですから」
姫命はにっこりと笑う。
「まぁ、要するに、少しばかり“心の矢”で遊んでみましょう。誰が誰に何を思っているか、知りたくありませんか?」
妖怪一同、そろって後ずさった。
「わし、そういうの遠慮したいのう……!」
「わ、わたくしも……感情が漏れるのは苦手でして……」
「でも、ちょっとだけなら……面白そうかも」
ツネさんは耳を真っ赤にして小声で呟く。
座敷童がにっこり笑って前に出た。
「せっかくだから、“縁”の景色、見てみたいなぁ」
その言葉に、姫命がさらに微笑んだ。
「ふふ。よくぞ申しました。では、まずはあなたから――」
僕は、朧丸の隣で、ひそかに考えていた。
(これ、絶対なんか、面倒になるやつじゃないか……?)
予感は、的中する。
静岡県の伊豆にある大室山が大好きです




