第26話「いい子にしてたら、ちょっと悪さしてもいいですか?」〜座敷童と、優しさの言い訳〜
春の雨が、ことのは堂の軒先をさらさらと打つ。
障子の向こう、湯呑みに湯気が立ちのぼり、今日も変わらぬ静けさの中にいた。
「なあ、高道。この箱、動いてる」
「……ん?」
朧丸が、机の下の木箱をつんと指さした。
たしかに、ガタガタと揺れている。
「え、地震……? いや、違うな」
恐る恐る開けてみると――
「……んーっ、ちょっと狭かったー!!」
箱の中から、すっぽりおかっぱ頭の女の子が飛び出してきた。
「……君、誰?」
「わたし? 座敷童! “ことのは堂の新しい守り神候補”です!」
「守神の募集はないですよ」
「自分で立候補しただけでしょ、それ」
朧丸が背中を向けたまま答えた。
その日から、ことのは堂にはちいさな同居人が加わった。
「おはよう、高道おにーちゃん! 今朝は本の埃払っといたよ!」
「ありがとう、助かるよ」
「あと、巻物を整理しといたけど、順番めちゃくちゃにしたから、宝探しゲームだよ!」
「助かってなかった」
それでも、彼女は毎日元気に堂内を走り回り、ときどき失敗しながらも、掃除や片付けに精を出してくれていた。
「こう見えて、わたし“家を栄えさせる妖怪”だからね!」
「座敷童は、家に幸運を呼ぶって言いますからね」
「でしょ! だから、いい子にして、ちゃんと貢献するの」
朧丸が、囲炉裏端でぼそっとつぶやく。
「……そのうち何かやらかす気がするな」
「やらかし前提で見るのやめてあげて」
(いや、ちょっと同意してる自分もいるけど)
「わたしね、今日もいっぱい人助けしたよ!」
「そうなんだ。どんなことを?」
「川辺で滑ってた子の巾着拾ってあげた! そのあと、ちょっとだけ河原のカエルに色つけて遊んだ!」
「前半と後半の落差がすごいな……」
「だって、“いいこと”した後なら、ちょっとぐらいイタズラしてもいいかなって……」
「おーい。なんかおかしくない?」
朧丸が本を閉じて、顔を上げた。
「それ、“モラル・ライセンシング”だな」
「何それ、カッコいい技名みたい!」
「“良いことをした後に、悪いことを自分に許しがち”って意味だ」
「そんな自覚、まっっったくなかった!!」
「じゃあ、昨日わたし、道で困ってるおばあちゃんの荷物持ってあげたんだけど、その帰りに猫のしっぽ踏んじゃったのもそれ?」
「それはただの注意不足ですね」
「容赦ない!!」
「……そういうのはね、“ごめんなさい”って言えばいいだけだよ」
「言ったー! ちゃんとそのあと、あやまりの歌まで歌ったもん!」
「どんな歌?」
「♪ねこーねこーごめーんにゃさいー」
「リズム軽っ!」
その日の夜。
雨上がりの匂いが漂う中、縁側でふたり並んで腰かける。
「高道おにーちゃんは、悪いことしたら、すぐ反省できる?」
「うーん、すぐってわけでもないけど……。でも、“悪かったかも”って思ったときは、ちゃんと認めるようにはしてるかな」
「わたしも、イタズラはダメって思ってるんだけどね……」
「でも、“いい子にしてるんだから、ちょっとぐらいは”って思っちゃうんでしょ?」
「うん……。そんなつもりじゃなかったのに、そうなってる……」
「それだけ、君は人のことが大好きなんだよね」
彼女は少し、はにかんだ顔で笑った。
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翌朝。
ことのは堂の障子を開けると、床がぴかぴかに磨かれていた。
「おっはよー! 今日はね、昨日よりすごいのやったよ!」
「おお、なに?」
「瓦の色、全部統一した!」
「えっ、塗り替えたの!? 江戸屋敷の景観が……!」
「でもね、イタズラしないで終わったの。すごくない?」
「……うん、すごいよ」
(なんか、ほんとに守り神っぽくなってきたかも)
座敷童の笑顔は、きらきらと朝日みたいに輝いていた。
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棚の隅に、小さな紙が残っていた。
「“今日一日、イタズラしませんでした。わたし、ちょっとえらい気がします”」
その横に、ちょっとだけ折られた紙がもう一枚。
「“明日は一個だけ、すごく小さないたずら、してもいいですか?”」
僕は、ふっと笑って、紙をそっと戻した。
(まあ、それくらいなら、いいか)




