第25話「嫌いじゃないけど、しんどい」〜タヌキのおでん屋と、期待と現実のズレの中で〜
夜のヨイノ国のほんの片隅。
提灯に照らされる一軒の屋台がある。
「へーい、いらっしゃい! きんちゃくひとつで三味線一曲! 今日は大サービスじゃ!」
「また訳のわからない売り方してる……」
僕はことのは堂を閉めて夜の散歩をしていると、何やら見覚えのあるしっぽの動きを見つけて足を止めた。
屋台の主――タヌさん。
その後ろで、黙々と湯気を見つめているのがツネさん。おでん鍋の番をしている。
「……あれ? ツネさん?」
声をかけると、ツネさんはぴくりと肩を揺らした。
「高道さん……お散歩ですか」
「うん。なんか大変そうだね」
「ええ、ちょっと今……“妖怪暖簾分親元大儲商法”の実験中でして」
「何それこわい」
「ツネー! 早よ客引いてこい! “イケメン狐が給仕します”って言うと、たぶん人間の娘が寄ってくるぞ!」
「やりません」
「なぜじゃー!!」
「おでん屋ですよ!? 売り文句が色仕掛けに寄ってどうするんですか!!」
「仕方なかろう、若い女子にもわしのおでん食べて欲しいんじゃ!」
「女子向けのメニューすらないのに! ペルソナが間違ってるんですよ!」
「たまごの艶で勝負じゃ!」
「つやつやしてるのは僕の髪だけで十分です!!」
「……つまり、お主は女子にモテたいんじゃな?」
「違うわ!!話を戻して!あと、変な声で言わないで!」
「じゃあ“こぎつねホストの汁物茶屋”に屋号を変えるか?」
「変えないでください!!!」
(ツネさん、商いの知識ありすぎじゃないか?侮れない。っていうか僕、今何の現場にいるんだ……)
後ろでののしり合う声を聞きながら、僕は静かに椅子に腰かけた。
「大変そうだね、ツネさん……」
「はい、毎晩こうです」
「ツネー! だいこん10本の注文入ったぞー!」
「了解です、湯がいておきますね」
「いや、それが……拙者、“おおかみ10匹”と聞き違えてな……今、手配しちまった!!」
「ええええ!? 何その命がけの聞き間違い!!」
「大根より野性味あって良かろう? ちょっと獣くさいけど」
「臭い以前に、厨房で牙むかれる未来しか見えませんから!!」
「おでんにおおかみ肉が足される画期的改革かと――」
「それ、おでんじゃなくて修羅場です!! ていうかどこから、おおかみ手配したんですか!!」
「山の知り合いに」
「取引ルートが物騒すぎる!!」
僕は、湯気越しにツネさんの顔をのぞき込んだ。
「……それでも、続けてるんだね。タヌさんのお手伝い」
「ええ。なんだかんだで、嫌いではないんですよ、こういうの」
「ふーん?」
「ただ、思ったのと違うっていうか……最初は“屋台って粋だな”とか、“静かに人と話せる場かも”って思ってたんですけど……」
「実際は?」
「“毎晩、何かしらの妖怪トラブルが起きる闇鍋パーティー会場”みたいな……」
(あ、それはたしかに想像とズレる)
「“しっとり屋台”を想像してきた人が、“タヌキのお祭り騒ぎ”に巻き込まれて、がっかりしたり笑ったり……僕は気分なんです」
「……うん、それ、心理学で“期待不一致効果”って呼ばれるやつだね」
「そんな洒落た名前が……」
「でも、笑えるズレって、案外クセになるんだよ」
「クセになる……ですか」
ツネさんは、鍋の中のたまごをひとつ、そっとひっくり返した。
「……たまに、自分でも笑ってるんですよね。なんで僕ここにいるんだろって」
目を細めて苦笑いをするツネは、どこか嬉しそうだった。
「へいお待ちっ! おでん界のアイドル“ねりもの三姉妹”!」
「やめてくださいって言ってるじゃないですかその呼び方!!」
「紹介するぞ高道、“はんぺん姉”“さつま妹”“ちくわ末っ子”じゃ!」
「見た目が全部ちくわだったんですけど!?」
「統一感が大事じゃろ?」
「ちくわ三姉妹じゃないですかそれもう!!」
「いらっしゃーい! お客さんは“風邪で寝込んだぬっぺっぽう”じゃ!」
「寝込んでるなら家で寝てて!! なんでここに来るの!?」
「おでんが治癒食らしいぞ!」
「誰情報!?」
騒ぎの中でも、ツネさんの手つきは丁寧だった。
たまごに火が入りすぎないように、汁が濁らぬように。
絶妙な加減で、ずっと鍋を守っている。
「……期待が違ってたとしても、僕は“おでんを作るのが好き”なんでしょうね」
「それ、ちゃんと伝えたらいいんじゃない?」
「え?」
「タヌさんにも。きっと、わかってくれると思うよ。……たぶん」
「“たぶん”て」
「高道さん、お味見します?サービスです」
「え? いいの?」
ツネさんが差し出したのは、湯気の立つ大根とたまご。
「なんだこれ……沁みるな……」
「……地味だけど、ちょっと幸せでしょ?」
「うん。こういうの、いいよね」
後ろで、タヌさんがどこからともなく現れ、
「よっしゃ! 次は“おでん味アイス”開発じゃー!!」
「しんどいぃぃ!!!」
⸻
その晩、ことのは堂の縁側で。
「……なんだかんだで、悪くないんですよ」
ツネさんのしっぽが、ゆっくり揺れていた。
期待と違っていたって、
思ってたよりバカ騒ぎだったとしても――
“嫌いじゃない”という気持ちは、
きっと誰よりも、正直だった。




