表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

25/142

第25話「嫌いじゃないけど、しんどい」〜タヌキのおでん屋と、期待と現実のズレの中で〜

夜のヨイノ国のほんの片隅。

提灯に照らされる一軒の屋台がある。

「へーい、いらっしゃい! きんちゃくひとつで三味線一曲! 今日は大サービスじゃ!」

「また訳のわからない売り方してる……」

僕はことのは堂を閉めて夜の散歩をしていると、何やら見覚えのあるしっぽの動きを見つけて足を止めた。

屋台の主――タヌさん。

その後ろで、黙々と湯気を見つめているのがツネさん。おでん鍋の番をしている。

「……あれ? ツネさん?」

声をかけると、ツネさんはぴくりと肩を揺らした。

「高道さん……お散歩ですか」

「うん。なんか大変そうだね」

「ええ、ちょっと今……“妖怪暖簾分親元大儲フランチャイズ商法”の実験中でして」

「何それこわい」


「ツネー! 早よ客引いてこい! “イケメン狐が給仕します”って言うと、たぶん人間の娘が寄ってくるぞ!」

「やりません」

「なぜじゃー!!」

「おでん屋ですよ!? 売り文句が色仕掛けに寄ってどうするんですか!!」

「仕方なかろう、若い女子にもわしのおでん食べて欲しいんじゃ!」

「女子向けのメニューすらないのに! ペルソナが間違ってるんですよ!」

「たまごの艶で勝負じゃ!」

「つやつやしてるのは僕の髪だけで十分です!!」

「……つまり、お主は女子にモテたいんじゃな?」

「違うわ!!話を戻して!あと、変な声で言わないで!」

「じゃあ“こぎつねホストの汁物茶屋”に屋号を変えるか?」

「変えないでください!!!」

(ツネさん、商いの知識ありすぎじゃないか?侮れない。っていうか僕、今何の現場にいるんだ……)


後ろでののしり合う声を聞きながら、僕は静かに椅子に腰かけた。

「大変そうだね、ツネさん……」

「はい、毎晩こうです」


「ツネー! だいこん10本の注文入ったぞー!」

「了解です、湯がいておきますね」

「いや、それが……拙者、“おおかみ10匹”と聞き違えてな……今、手配しちまった!!」

「ええええ!? 何その命がけの聞き間違い!!」

「大根より野性味あって良かろう? ちょっと獣くさいけど」

「臭い以前に、厨房で牙むかれる未来しか見えませんから!!」

「おでんにおおかみ肉が足される画期的改革かと――」

「それ、おでんじゃなくて修羅場です!! ていうかどこから、おおかみ手配したんですか!!」

「山の知り合いに」

「取引ルートが物騒すぎる!!」


僕は、湯気越しにツネさんの顔をのぞき込んだ。

「……それでも、続けてるんだね。タヌさんのお手伝い」

「ええ。なんだかんだで、嫌いではないんですよ、こういうの」

「ふーん?」

「ただ、思ったのと違うっていうか……最初は“屋台って粋だな”とか、“静かに人と話せる場かも”って思ってたんですけど……」

「実際は?」

「“毎晩、何かしらの妖怪トラブルが起きる闇鍋パーティー会場”みたいな……」

(あ、それはたしかに想像とズレる)

「“しっとり屋台”を想像してきた人が、“タヌキのお祭り騒ぎ”に巻き込まれて、がっかりしたり笑ったり……僕は気分なんです」

「……うん、それ、心理学で“期待不一致効果”って呼ばれるやつだね」

「そんな洒落た名前が……」

「でも、笑えるズレって、案外クセになるんだよ」

「クセになる……ですか」

ツネさんは、鍋の中のたまごをひとつ、そっとひっくり返した。

「……たまに、自分でも笑ってるんですよね。なんで僕ここにいるんだろって」

目を細めて苦笑いをするツネは、どこか嬉しそうだった。


「へいお待ちっ! おでん界のアイドル“ねりもの三姉妹”!」

「やめてくださいって言ってるじゃないですかその呼び方!!」

「紹介するぞ高道、“はんぺん姉”“さつま妹”“ちくわ末っ子”じゃ!」

「見た目が全部ちくわだったんですけど!?」

「統一感が大事じゃろ?」

「ちくわ三姉妹じゃないですかそれもう!!」


「いらっしゃーい! お客さんは“風邪で寝込んだぬっぺっぽう”じゃ!」

「寝込んでるなら家で寝てて!! なんでここに来るの!?」

「おでんが治癒食らしいぞ!」

「誰情報!?」


騒ぎの中でも、ツネさんの手つきは丁寧だった。

たまごに火が入りすぎないように、汁が濁らぬように。

絶妙な加減で、ずっと鍋を守っている。

「……期待が違ってたとしても、僕は“おでんを作るのが好き”なんでしょうね」

「それ、ちゃんと伝えたらいいんじゃない?」

「え?」

「タヌさんにも。きっと、わかってくれると思うよ。……たぶん」

「“たぶん”て」


「高道さん、お味見します?サービスです」

「え? いいの?」

ツネさんが差し出したのは、湯気の立つ大根とたまご。

「なんだこれ……沁みるな……」

「……地味だけど、ちょっと幸せでしょ?」

「うん。こういうの、いいよね」

後ろで、タヌさんがどこからともなく現れ、

「よっしゃ! 次は“おでん味アイス”開発じゃー!!」

「しんどいぃぃ!!!」



その晩、ことのは堂の縁側で。

「……なんだかんだで、悪くないんですよ」

ツネさんのしっぽが、ゆっくり揺れていた。

期待と違っていたって、

思ってたよりバカ騒ぎだったとしても――

“嫌いじゃない”という気持ちは、

きっと誰よりも、正直だった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ