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第22話「“毎日会いたい”には、理由がある」〜距離を縮めるには、まず“距離を置かない”ことから〜

僕、生田清志は、ごく普通の薬屋を営んでいる。

“普通”の定義は人それぞれだが、毎朝猫に餌をやり、寺子屋に通う子どもたちに挨拶し、昼には高齢の常連さんに漢方薬とお茶を出す。どこにでもある、昔ながらの街の薬屋だ。

……だったはずなんだけれど。

「……また来てる」

店先のガラス戸の向こうを、ひょいと覗く黒い影。長い黒髪に大きなマスク。いつも決まった時間に前を通って、目が合うと少しだけ驚いた顔をして、そそくさと去っていく。


最初は、ちょっと怖かった。


いや、正直に言うと、めちゃくちゃ怖かった。なんせ、目が合った瞬間、彼女の背後に風が吹いたような気がしたし。

けれど――

「お姉さん、大丈夫ですか? 顔、具合悪そうですよ」

ある日そう声をかけてみたのは、ほんの思いつきだった。

すると彼女は、まるで心臓を撃ち抜かれたみたいにフリーズして、ものすごく慌てた様子でこう言った。

「わ、私、妖怪だよ? 口、裂けてるし!」

……予想の三手くらい上を行かれた。

あの出会いから数日後、気づけば彼女は毎日のように、薬屋の前を通るようになった。

たぶん、彼女自身も気づいてないんじゃないかな。「毎日会いたい」って感情に。

僕は嬉しかった。名前も知らないその人が、日に日に近くなっていく感じがして。

ただ――問題は、僕自身がどうしたらいいか、よく分かっていなかったことだった。


というわけで、頼ったのが、あの“ことのは堂”。

ちょっと風変わりな店主・高道さんに、僕は相談した。

「……その、好きな人がいまして。けど、どうやって距離を縮めればいいのか分からなくて」

「ふむ。……その妖怪、店の前をよく通るようになったのは、最近ですか?」

「……はい」

「じゃあもう、単純接触効果が働いてる」

「たんじゅん……?」

「単純接触効果。心理学の概念です。何度も顔を合わせるだけで、人は相手に親しみを持つ。……つまり、“会う”ってだけで、けっこう強いんですよ」

「会うだけで……」

「恋に理屈を持ち込むな、とはよく言いますが、逆に言えば“接点”さえあれば、理屈が勝手についてくるんですよ」

「……なるほど……!」

ちょっと感動した。

僕にもできそうだ。

なにせ「ただ会えばいい」んだから。


翌日から、僕は決意を新たに、薬局のシャッターをいつもより少し早く開けるようになった。

猫にエサをやるタイミングも、彼女が来る数分前にセット。

「おはようございます」と笑顔で挨拶。もし返事が返ってこなくても気にしない。

なんなら、空気に話しかけるくらいの気持ちで。

……いや、ちょっと怖いな。それはやめておこう。


数日が経ち、ほんの少しずつ彼女の表情が緩んできたように感じた。

マスクの奥、裂けているという口元は見えないけど、それでも彼女が僕の顔を見る時間が、最初より長くなってきた。

「……今日も来てくれてるな」

僕は誰にも聞こえないように呟いた。

気持ちを伝えたいとは思っていた。

でも、焦ってはいけない。

彼女がこっちを見てくれるようになったのは、“ゆっくり近づいた”からだ。

たとえば、真夏の猫に一気に抱きついたら、100%引っかかれる。

恋もたぶん、そういうものなんだ。


そんなある日。

妹が久々に薬局に遊びに来た。小柄で綺麗な、しっかり者の女学生。たまたまその日は、店の前でちょっとだけ話して、軽く頭を撫でて送り出した。


……数時間後。

“あの人”が、来なかった。

……まさか、見た……?

……いや、違う。ただの偶然――

……いや、違くない!!!

僕は慌てて、ことのは堂に飛び込んだ。

「た、高道さん!! 僕、彼女に誤解されてるかもしれません!!」

「ふむ。何をしたんですか?」

「妹の頭を撫でました!!!」

「……タイミングが悪かったですね」

高道さんは渋いお茶をすすりながら、首をかしげた。

「やっぱり好きなら、ちゃんと伝えた方がいいですね」

「……はい」

「妖怪だって、恋をするんてすから」

「……はい」

「君が選ばれるかどうかはわからないけど、少なくとも“落選の理由”が誤解なら、もったいないよね」

「……落選って言わないでください……」


翌朝、彼女は戻ってきてくれた。

僕は、それだけで泣きそうになった。

「昨日、来なかったですね、……心配してましたよ」

そんな僕の言葉に、彼女はすごく驚いた顔をして。

「……でも……あの女の人、彼女さんでしょ?」

「え? ああ、妹ですよ」

――そして、あの言葉が返ってきた。

「えっっっっっっ!?!?」

僕はそのまま、彼女の手を取って言った。

「僕、お姉さんのこと、好きですよ」

彼女の表情は、もう爆発寸前のフライパンみたいになっていた。

でも――ちゃんと、僕の言葉は届いていたと思う。


ことのは堂の帰り道、高道さんに報告を兼ねて寄ったら、彼は茶をすすりながら静かに笑った。

「単純接触効果、なかなか効いたようだね」

「……はい。でも、接触回数だけじゃ足りませんでした」

「ほう?」

「最後に必要なのは……ちゃんと“言葉”でした」

「……なるほど」

高道さんは、ちょっとだけ嬉しそうに笑った。

その隣で寝ている銀髪の青年がふっと笑った気がした。

「“好き”って、言わなきゃ伝わらないこともありますからね」

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